ナウシカ、ラピュタ、もののけ、トトロ

2012/05/13

 この週末、帰宅するとテレビの金曜ロードショーで「風の谷のナウシカ」がやっていたので観ていました。
 ところで「金曜ロードSHOW!」という表記がしつこいほどに表示されていましたが、いつの間にやらそういう正式名称になったのでしょうか。このタイトルの半端な英語の混じり具合は、いにしえのクイズ番組「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」を連想させ、司会の渡辺正行が「ミリオーン、スロット!」と叫ぶときの腰つきの妙な艶めかしさを思い出さざるを得ません。

 少し話が逸れましたが、風の谷のナウシカのことです。
 思えば俺は、俺たちは何度ナウシカを観てきたのでしょう。子供のころからテレビやビデオ、DVDなどで、ちょっと数えきれないぐらい観てきたような気がします。
 ナウシカの強さと勇気に心をときめかせていた少年も、今では王蟲の幼生体に向かってナウシカが発した「体液が出ちゃう!」という言葉になにかしら淫靡な響きを嗅ぎ取れるようなゲスい大人へと成長しました。

 ところでナウシカで俺が一番好きなシーンは、ユパ様がトルメキア兵で満載の飛行艇に秘密兵器よろしく投下されるシーンです。あの、腕を交差して足を広げ、敵兵の真上に降下していくシーン。
 そのあとのユパ様無双も好きですが、やはりあの落下の絵ヅラが一番好きです。
 最高ですよ。
 一歩タイミングを間違えればあの姿勢のまま地上まで自由落下しかねないというのに、当然のようにあの姿勢。
 憧れます。
 俺もあのポーズのまま自由落下したい。
 うまく着地できずに空からフリーフォールで一巻の終わりとなったとしても、まあ、それはそれで本望というもの。
 むしろ「親方! 空からやたらかっこいいポーズを取った中年が!」みたいな感じで別の物語が始まるような予感すらします。

 そういうわけで、なんとなく歴代ジブリ作品について思うことをつらっと書いてみたいと思います。
 順番とかはてきとうです。抜けも多々あります。


■天空の城ラピュタ
 これもナウシカと並んでこれまでいったい何度観たんだよというぐらい定番の作品ですね。
 子供の頃、ラピュタのジグソーパズルを買ったことがあります。後にも先にもジグソーパズルを買ったことなんでそれしかないので、なんだかんだでラピュタも大好きなのでしょう。
 ところで俺が一番好きなムスカの台詞は「バカどもにはちょうどいいめくらましだ」です。


■魔女の宅急便
 これはそんなに観ていない気がします。
 高山みなみの声で存分に萌えることのできる、今となってはある意味で貴重な作品です。
 主題歌を歌うユーミン(Yuming)を「ユーミング」と自信満々に発音していたことも、今となってはいい思い出です。


■耳をすませば
 異性にモテるためにはバイオリンを作れなければだめなのだ、という深刻な悩みを当時の俺にもたらしました。
 今は、おそらくバイオリンを作れようが作れまいが関係なくだめだろう、という結論に至っています。
 あと「雫(しずく)」という言葉を聞くと、この作品の主人公よりも先に、往年のLeafのEROゲーを想起してしまうあたりもだめだと思っています。


■紅の豚
 青年時代のポルコの声優がさりげなく古本新之輔であるということを、我々はもっと意識していくべきだと思います。「ちゃぱらすかWOO!」という語句の尋常ではない軽薄さも。


■となりのトトロ
 昔、テレビで何度目かのトトロを観ていて涙が溢れ出てきたことがありましてね。
 サツキとメイちゃんが再開したとかそういう感動的な場面ではなく、サツキ・メイ姉妹がトトロの柔らかそうな腹の上で飛び跳ねて遊ぶシーンで。
 なぜだろう。
 今に至るも謎の涙なのですが、たぶん柔らかな腹に憧れていたのかもしれません。
 精神鑑定とかしたら「腹上死を望む傾向がある」みたいな結果が出そうで怖いなあ、と当時は思っていましたが「安心しろ。心配せずともお前の死因は、腹上死だけは絶対にありえないよ」と昔の自分に言ってやりたいです。そしてスポーツ年鑑をそっと手渡してやりたいです。


■千と千尋の神隠し
 テレビで一回だけ観ましたが、ものの見事に内容を忘れている作品です。
 なんか……神隠しにあって……風呂屋みたいなところで働いて……少年が龍の化身で……みたいな話でした。


■火垂るの墓
  子供だった俺をとてつもなく陰鬱な気分にしてくれたこの作品も、観るたびに(嫌な)発見があって嫌いではないです。
 個人的に一番嫌なシーンは、引き取られた親戚の家で食事中、そこのおばさんが兄妹に食事をよそうときに具を減らしているところ。あのおばさんをサイコガンで撃ち殺してくれるコブラの動画を誰か作ってくれんものか。


■もののけ姫
 ゲイボーイを殴って捕まったという米良美一のものまねをする「もののけ芸人」を大量に生み出してしまった罪は大きいですが、個人的にはいろいろ好きな作品です。
 一番好きなシーンはタタラ場(製鉄所)で女たちが威勢よく働いているところ。
 あの女の人たち、なんかERO可愛いじゃないですか……。
 土下座したら、たぶんふいごの代わりに踏んでくれると思います。鉄は熱いうちに打てと言いますし……。


■猫の恩返し
 助けたメス猫が「恩返しに来ましたニャン☆」と俺の下宿に押しかけてくるという波乱万丈かつ奇想天外なストーリーを夢想していたところ、見事に裏切られた作品。


■ハウルの動く城
 実は観ていません。
 これについて俺が知っていることといえば、ハウルなる人物の声がスマップのかっこいい人……ああそうだキムタクさんがやってらっしゃること、ヒロインがお婆さんというマニアックな嗜好の作品であること、そして城が動くらしい……というこの3点のみです。


■ゲド戦記
 これも未視聴。
 たぶんゲドが戦うのでしょう。
 がんばってもらいたいものです。


■借りぐらしのアリエッティ
 この前の金ローで放映してた際に録画したものの、まだ観てません。
 内容としてはおそらく「女の子版どっきりマイクローン」であろう、という個人的予測を立てていますが、はてさて真実はいかに。


■崖の上のポニョ
 これもまだ観ていないです。一時期はポニョを観ておらぬ者は人にあらず的な弾圧を受けるほどに日本中を席巻したものですが、うっかり観ないまま時を過ごしてしまいました。
 なにやら傑作だとか、キモいだとか、映画館で子供が静まり返っただとか、そういう噂話だけは聞くのですが……。
 今年は最低限、これだけは観ようと思います。



 なんだかんだで俺、ジブリ好きですな。
 観てないやつも相当あるんで熱心なファンというわけではないですけれども、今後とも積極的にジブっていきたい。金曜ロードショーで観るばかりでなく、たまには映画館でジブりたいと思います。

ゴールデンコスモ貴族

2012/05/05

 ゴールデンウィークじゃないですか。
 例年のように「今年も何者にもなれねえ、なれやしねえ!」とひたすら絶叫しながら尿を漏らすだけの週間であるわけで、すなわちそれが俺にとっての黄金週間……もっと言えば黄金水週間ということです。
 わかったか。

 俺はわかりたくないです。
 認めたくないです、こんな現実……。

 そうやって世界から目をそらしている間に、映画けいおん! のDVDとかブルーレイが発売されるじゃあないですか。
 ところで「けいおん」という言葉を聞くたびに、

  

ケイ・ウォン Kei - Wong(1938-1972)



 という感じの架空の女優を思い浮かべます。
 そしてその波乱に満ちた生涯のことを思い、言いしれぬスペクタクルに浸ります。
 浸りながら若干落ち込みます。
 畜生、裸一貫から花形女優にのし上がったケイに比べて俺は……俺ってやつは……。

 つまり、それぐらい「けいおん!」が好きなので、おもむろに購入していこうと思います。
 ああ……ほしいっ……! なにはなくとも翼がほしいっ……!!(カイジ風に)

 あと、つい先日デジタルメモ「ポメラ」を購入しました。
 それも、そんじょそこらの通常のポメラではなく、シャア・アズナブルモデルを……。

冗談ではない
 いや、冗談ではなく。

 購入に至るまでの経緯はこちらのまとめを参照。

 あと、ガンダムポメラの中でもっとも重く厚い(むしろ熱い)ランバ・ラルモデルを購入した勇者、田中天氏のレビューも参照のこと。

 いやー、実はこの文章もポメラで書いているのですが、すばらしいものですよこれは。
 コンパクトで使う場所を選びませんし、真っ赤でものすごく目立つ上に「あっ、この人すっごいシャア好きなんだ」と一発で周囲に知らしめることができます。狙い定める俺がターゲットです。

 難を言えば、作家業でもない俺はポメラをどう活用すべきかという問題があるぐらいです。
 いやー、マジでどうやって使おうこれ。
 ふつうに家にいる限りはほとんど使うシーンがありませんね。
 今も、PCの隣でわざわざポメラを並べて使い、テキストファイルを転送してブログを更新するという無意味な手間をかけています。せめて出先の喫茶店とかで書けばかっこいいのですが、真っ赤なシャアポメを広げるのは勇気がいります。その前に喫茶店とかに気軽に入れない人間であり、本当にどうして買ったんだろう。

 勢いって恐ろしいですね。
 しかし後悔はしていません。なんたって停止のたびにシャアの名台詞が表示されるという愉快仕様。使えば使うほどにシャアの台詞をおぼえてしまうという副作用がついてきます。
 あと、ガンダム辞書が登録されています。たとえば「ジオン」と打つだけで自動的に「ジオン・ズム・ダイクン」が変換候補に表示されます。すげえ!
 「ガンダム」と打つと「RX−78」とか変換できます。すげえ! うぜえ!
 これで思うさまガンダム用語を変換していきたいと思います。

 あと「ポメラ」って打とうとしたら「歩目ら」とか表示されました。
 ガンダム用語登録する前に、もっと大事なことがあるだろう、ポメラ……。
 そんなガンダムポメラをこれからも活用していきたいと思います。なにかに。

 いや、笑い混じりで書きましたが、これはほんとにいいものだと思います。評判通りキーボードはすげえ使いやすい。画面も見やすい。
 まあ上位機種はまた違うのでしょうが、そんなに本格的に使う訳でもないので機能的には不満や問題はなさそうです。
 ガンダムポメラは一番古い機種のDM10相当かと思いきや、正しくはDM11というタイプで、微妙に機能が増えているのでした。専用ケース及びシャアやラルの警句が刻まれているのになぜか軒並み80%オフであり、これは買うしかありませんぜ。

 なによりも、使うだけでなぜか妙にテンションがあがります。これが専用機の力なのかァー?

 今後、ガンダムポメラが再評価され、いつかカロッゾ・ロナのモデルが発売されることを祈ります。
 そしてコスモ貴族主義を唱え、サイト名も「ランダム・コスモバビロン・ヘキサ」に変更します。更新内容はコスモ貴族の生きざま、すなわち日々の食生活やら仕事の愚痴やらを書きつづります。
 あとゲームとかアニメの話。
 あまつさえゴールデンウィークになるたびに「黄金週間っつうか黄金水週間っていうか」などという、読んだ人が判断に困るようなことを延々と書いていきたいと思います。
 それがコスモ貴族のやり方。

悪あがき

2012/04/25

 うっかりブログを放置したまま4月が終わろうとしていることを憂慮した俺が、苦し紛れに書いているのがこのエントリでございます。
 すなわち悪あがきです。

 悪あがきって言いますけれど、悪くないあがきもあるんでしょうか。
 この世には良いあがきと悪いあがきの二種類があるとでも言うのでしょうか。

 あれですね。
 こうtwitterとかでつぶやいていると、なんかこう発散されたような気分になってだんだんとブログを更新しなくなるというありがちすぎる陥穽にはまっている気がします。
 たいしたことをつぶやいたわけでもないのに……賢者タイムって言うんですか……こう……なんか俺、やり遂げちまったぞ……みたいな。
 ふー、ひと仕事終えたぜ……今日も帰って風呂上りにビールでも飲むか……的な。
 痛風の発作が怖いのでビールは飲めませんが。

 そういやーしばらくダイエットがらみのことを書いていませんでした。
 忘れていました。というか、まあおおかたの予想通りリバウンドが進行しており……意図的に書くことから目をそらしていました。

 このままじゃいけない。
 むしろ、それ以上いけない。

 これからは自己管理のできる男になりたいと思います。
 そして外資系企業のアメリカ人の上司に「ユーは己を厳しく律することのできる男ダ」とかサウナの中で言われて、立身出世という名のサクセスストーリーを目論んでいきたい。
 そう、外資系の超巨大企業で。なんかすごいコングロマリット企業で(裏で臓器売買とかやってそうなところ)


 ああ疲れた。
 あとなんでしょうね。特筆すべきことはなんでしょうね。

 ゲームの話ですが、NINJA GAIDEN 3をすごい勢いで遊んでました。
 主人公リュウ・ハヤブサの声が、フェニックス一輝兄さんやシュバルツ・ブルーダー兄さんやソードワールドSFCのラジオドラマに出てくるアーヴェル・セレダイン兄さんでお馴染みの堀秀行氏で、それが購買動機の八割ぐらいを占めていたのですが、ゲーム自体も非常に面白かったです。
 がんばってHARDまでクリアして、その勢いでもってもっとも難しいMASTER NINJAもやっていますが、もう敵が強くて強くて。
 雑魚兵士の皆さんが、もう雑魚キャラにあるまじき機敏な動きをしながら、ものすごい勢いでリュウを殺しに来ます。2、3発の攻撃で死ねます。時間にして数秒。もうお前らが世界を救えばいいんじゃないかな、というぐらい強いです。
 あとロケットランチャー兵がアーマードコアあるいはマクロスみたいに大量のミサイルを無限に発射してきます。愛〜おぼえていますか〜を裏声で熱唱しながら連発してきます。
 ふざけやがって。
 おまえ一条輝気取りかよと。柿崎のことも考えろと。

 とりあえず何かボタンを押すたびに堀秀行ボイスが聴けるゲームなんて昨今あまりありませんから、それだけでも買っておくべきだと思われます。
 早くコーエーテクモはリュウの着ボイスとかを売りに出してほしい。メールが届いたりするたびに「はあっ!」「とあーっ!」などと雄々しく叫ぶ暑苦しい携帯電話でモバイル界を席巻してほしい。


 あと、ろくに遊ぶ時間もないくせにファイアーエムブレム 覚醒も買いました。
 こいつは手強いシミュレーションですよ。
 なんかDLCで過去のシリーズのキャラが使えるようになるとかならないとか……。
 詳細はぶっちゃけほとんど知らねえんですが、とにかく夢が広がります。
 すなわちドーガとかバルボとかアーダンを揃えて素早さを最大限にドーピングし、気味が悪いほど早く動くアーマーナイト軍団を編成できるかもってことじゃないですか。
 サジ・マジ・バーツの戦士三人衆と美少女ユニットを隣接させて好感度をアップさせ、彼らに我が世の春を謳歌させてあげることができるかもしれないってことじゃないですか。その人生において握ったことがあるのが鉄の斧か手斧か己の陰茎だけ、とすら言われているあの不遇な連中に……報いてやりたいじゃないですか。

 少しだけプレイしたところ、妹っぽいシスターがライブの杖を振りながら阿澄佳奈の声でしゃべっており、時の流れを感じました。隔世の感というか。
 また、ペガサスナイトがあざとすぎるドジっ娘だったので「むう……こやつと結婚せねばなるまい」という深刻な思いを抱きました。

ストライクウィッチーズ劇場版

2012/03/31

 何ヶ月かぶりに休暇を取得できた。
 この時期の平日に休みを取れたら、することはただひとつ。

 ストライクウィッチーズ劇場版を観に行くことしかない。
 観に行くしかない。
 むしろ観に行くっきゃない。
 なぜか心の中で言い直しながら、新宿の角川シネマに摺り足で向かう。

 劇場のロビーで関連グッズなどを眺めて、開演までの時間を過ごす。
 映画パンフレットの見本は、いったいなにがあったのかというぐらいボロボロに擦り切れている。封切り後まだ二週間も経過していないというのに。
 もはやここは戦場なのかもしれない。
 上層部に小言を言われているミーナさんのように、俺はケツを引き締めることにする。


〜以下、少しばかりネタバレっぽいものを含むので注意のこと〜


 物語は、501部隊の活躍によりある程度の平和が戻った欧州を舞台にして幕を開ける。
 なにやら謎のネウロイが各地に出没し、不穏な気配が漂っている。
 あいつら、またネウロいやがって。
 TV放映時と変わらず、まったくもって許せん奴らである。

 ネウロイを迎え撃つ、各地のウィッチたち。
 すさまじい戦いぶりである。
 すごい。
 すごすぎると言っても過言ではない。
 なにがすごいかって、劇場の大画面で迫ってくるウィッチたちのズポン……その股間の迫力がすげえ。
 これから夜な夜な夢に見るんじゃねえか、というぐらいすげえ。

 もしも俺が下品な中年親父であったなら、観劇中おそらく百回ぐらいは「おおう、あいつら相変わらずいいケツしてやがんな!」と思っていたであろう。
 時にはうっかり口に出してしまっていたかもしれない。

 それほどの、いいケツであった。いいケツをしていた。
 おぼっちゃまくん的に称すれば「いいなけつ」であるのかもしれない。
 そう、あいつら、みんな俺のいいなけつ。
 そう高らかに叫んで、涙を流しながら狂ったように劇場中を練り歩いていたかもしれない。
 俺が下品な中年でなくて、本当によかったと思う。

 ところで、ウィッチたちが空戦を行う際のカメラアングルが、また絶妙なのである。
 TV版のときも顕著だったが、作画だとか原画枚数にお金のかかった劇場版のそれは、また大変なことになっている。
 とにかく予想通りにというか、俺の欲望通り、期待通りにカメラがいい具合にズームしていくのだ。
 なんというか、これはもう、一種のライブである。
 一体感。
 あるいは全能感。
 まるで俺がカメラとなり、視点そのものとなり、いつしか神そのものになり、ウィッチたちの股間を覆うパンツ……いやズボンのしわの描き込み、尻肉のディティールひとつひとつまでをも精細に把握し、愛でることができる。
 むしろ俺の欲望の先をあっさり通り越して、カメラがはるか遠くへ向かっていく感すらある。
 おお、あなたは、どこへ行かれるのか。
 ストライクウィッチーズという作品は、俺たち視聴者の視点や欲望を軽々と飛び越えて、いったい如何なる地平を目指すというのか……。
 そのような不安とも希望ともつかない感情がわきあがってくるのだ。

 それにしてもいいケツであった。

 物語は、魔法力を失っていた宮藤芳佳が奇跡の大復活を遂げ、501部隊が再結集するという熱い展開で幕を閉じる。
 芳佳が魔法力を取り戻した理由は、よくわからない。
 瀕死の重傷を負った折、無線機から仲間たちの声(エール)が聞こえてきたことがきっかけであり、すなわちそれ、宮藤芳佳の勝利を願う仲間たちの魂の叫び。
 そう、男塾である。
 男塾名物・大鐘音のエールである。
 とてつもなく燃える展開ではあるが、なんの理由にもなっていない。

 唯一きちんとした理由を知っていそうな坂本さん(ご丁寧に「こんなこともあろうかと」っぽく芳佳用のストライカーユニットを運んできていた)も、

「あっはっは、それは……仲間たちの力さ!」

 などと相変わらずの根性論全開である。

 ただ、まあ、ぶっちゃけそんな些事などどうでもよくなるぐらい、徹頭徹尾、爽快で痛快な映画であった。
 とにかく宮藤さんがんばった。超がんばった。あとリーネちゃんと性行為寸前ってぐらいイチャイチャしてた。ごちそうさまでした。

 TV版を観ていた人は必見である。
 なんというか、とにかく肩肘張らずに観るといいと思う。
 大画面で、大空を駆けるウィッチたちの臀部を、えぐるようなアングルで思うさま愛でる。
 それだけでも観る意義のある映画だと断言できる。

赤城みりあの、終わらないバレンタイン

2012/03/19




 家に帰ると、赤城みりあはいつだって笑顔で出迎えてくれる。

「プロデューサー、ハッピーバレンタイン!」

 小さな指でチョコをひとかけつまみ、手渡してくれる。
 彼女はピンク色のリボンで可愛らしくラッピングされたチョコの包みを掲げてみせ、

「今日もファンの人たちにチョコを配ってきたよ〜♪」

 そうして、また、笑う。
 あの日から変わらない笑顔で。


 [バレンタイン]赤城みりあは、バレンタインイベント限定のレアアイドルだ。
 バレンタインと言っても、俺たちP(プロデューサー)のやることは例によって衣装の奪い合いであり、イベント衣装「カラフルマカロン」のコンプリートを達成することで俺は彼女を入手した。
 また、[バレンタイン]赤城みりあは、当該イベント期間において2500個のチョコをファンに配ることでも入手可能である。
 2500個というと途方もない数字に思えるが、この業界でのトップP連中は数百万個という単位でファンにチョコを配布する。それに比べれば、べつだん驚くにはあたらない。むしろこの世界においては容易とすら言える入手条件である。

 ともあれ、とある冬の日。
 俺はバレンタイン仕様の赤城みりあを二人、入手した。
 同じアイドルが二人存在した場合、Pはそのアイドルを強化するために「特訓」と称される行為を行う。
 特訓を行うことで二人は一つの存在に合一、錬成、昇華され、アイドルとしていっそう強く光り輝くのだ。

 もちろん、俺も赤城みりあに特訓を施した。
 それが終わった後、色とりどりのお菓子をあしらった豪奢な衣装に身を包んだ彼女の姿を見て、胸を熱くしたのをおぼえている。
 無邪気にはしゃぎ、喜ぶ、赤城みりあ。
 まるで天使のようだ。
 陳腐きわまりない表現だが、そう思ったのだ。
 忙しくチョコを配って飛びまわる、愛らしい天使……。

 彼女はいつだって、チョコを配っていた。
 今思えば入手条件がチョコの配布数に設定されていたことも、なにか関係があったのかもしれない。
 とにかく彼女は、どんなときでも笑いながら、チョコを誰かに与えていた。

 バレンタインイベントが終わってからも、それはつづいた。
 コンサート会場で。
 CDショップのサイン会場で。
 グルメ番組のロケで。
 ファンとの握手会で。

……長い、長いあいだ、彼女はチョコを配り歩いていた。
 そして、

「ファンのみんな、チョコもらってくれるかなあ?」

 彼女は笑う。
 あのときのまま、変わらない笑顔で。
 ひどく甘ったるくて、少しだけビターなチョコレート。
 その小さなかけらを、か細い手に乗せて。

「はいっ、プロデューサー! ハッピーバレンタイン!」

 今日も俺は帰宅し、いつものようにチョコを受け取る。
 すでに俺はプロデューサーではないけれど。
 彼女も、もうアイドルと呼ばれる存在ではないけれども。

 ハッピーバレンタイン、と俺はつぶやく。
 赤城みりあは嬉しそうに、もう一個チョコレートをくれた。

 少女は常に、誰かにチョコを渡していた。
 遠い昔のバレンタインデーから、はるか未来のバレンタインデーまで。
 悠久の時の流れをチョコという単位で埋めるかのように、気の遠くなる時間、気の遠くなるほど無数のチョコレートを。
 ただひたすら、無心に……いや、無垢な心のままに。

 いつしか彼女がチョコを配り終え、足を休め、ほっと息をつくときが訪れるのだろうか。
 俺やファンの皆からの……ホワイトデーの贈り物を……あふれんばかりの贈り物を、両手いっぱいに受け取れる日が?

 しわのない包装紙をそっと折りたたみ、閉じるように、俺は両腕で赤城みりあを抱きしめる。
 ハッピー、バレンタイン。
 もう一度、区切るようにして、俺はその言葉を口にする。
 終わらないバレンタインデーの中でたたずむ彼女を優しく、包み込むように。

シンデレラたちに花束を

2012/02/25

 電車の中やトイレの個室の中でモバマスをやっていると、いつも俺は世界からの隔絶を感じる。
 なにか大切なもの、大いなるものから切り離されている感覚。
 手の中の小さな携帯端末の画面に映し出されるアイドルたちの世界も、俺とは大きく隔てられている。
 おそらく彼女たちも、なにか別の大事なものから切り離され、閉ざされているのだろう。



 モバゲーから提供されている、アイドルマスターから派生したソーシャルゲーム。
 通称モバマス。
 正式名称は、アイドルマスター シンデレラガールズ。

 シンデレラガールズ。
 遠い昔のお伽話のように、持たざる身から一転して輝かしい栄光を手にする少女たち。
 正しくは、ガラスの靴を与えられる一握りの少女たちと、そうではない少女たちの物語。
 物語と言っても、このゲームにはわかりやすいシナリオ、ストーリーがあるわけではない。
 ただ明確な目的と手段が与えられるのみだ。
 このゲームが示す目的は、究極的にはただひとつ。
 より希少で、より価値の高いアイドルを入手すること、である。



 どうやってアイドルを手に入れるのか。
 まず、オーディションを通じて入手する方法がひとつ。
 これは俗に「ガチャ」と呼ばれ、無料と有料(課金)のものがある。無論、有料のガチャは希少なアイドルが出現しやすい。

 次に、「衣装」を収集し、種類を揃えることで特典のアイドルを入手する方法が挙げられる。
 衣装の基本的な入手方法は、一言で表せば「力づく」である。
 他のプロデューサー(アイマスではプレイヤーのことをこう称する)から奪い取るのだ。
 ガチャで入手し、育成したアイドルたちに隊伍を組ませ、他のプロデューサーにLIVEバトルという名の戦いを挑む。総攻撃力が相手の防御力より勝っていれば、狙った衣装(と、はした金)を強奪することができる。
 モバマスは、いわば衣装という資源を奪い合う果てしない戦争だ。
 LIVEバトルに勝利し、一着の衣装を得て安心していると、知らぬ間に他の者から二着の衣装を奪われている。
 ここは修羅の国か。
 あるいは野盗が跋扈する平安京か――。
 日常的に発生する衣服の奪い合い、その温床となる人心の荒廃ぶりたるや、まさに芥川の「羅生門」そのものである。

 そのありようは、あまりにむごく、寒い。
 心が乾く。



 そんな悪徳の渦巻く世界のただ中にあって、アイドルたちは皆、ひたすらに明るく朗らかだ。
 コンサートやグラビア撮影などのさまざまな仕事をひたむきにこなし、プロデューサーたる俺に信頼を寄せてくる。
 アイドルたちの微笑みが表示された端末の液晶画面。
 それは俺と彼女をつなぐ窓口にして、両者を分け隔てる壁でもある。
 彼女たちの好意が、絶望にも似た隔絶を超えようとする。
 俺はそれに手を伸ばす。自分でもわからない失われたなにか、大事ななにかをかき集めるように。
 LIVEバトルや仕事を経るごとに上昇していく彼女たちの親愛度。それが単なるパラメータに過ぎず、彼女たちの言葉があらかじめ定められた文章のランダム表示だとしても。
 俺はデジタルで制御された彼女たちの言葉や表情、そのひとつひとつを愛おしみ、己の心に刻みつける。
 その必要がある。
 俺には、そうする義務があるのだ。

 なぜなら、彼女たちの虚構など取るに足らない大いなる欺瞞が、俺自身の内に存在するからだ。
 ガチャ、衣装コンプにつづく、もうひとつのアイドル入手方法。
 すなわち、

「親愛度を上限までアップさせたアイドルが一定数に達すると、特典のレアアイドルを入手できる」

 そうだ。
 俺は日々、彼女たちの信頼と友愛を絞り取り、より希少なアイドル入手のための糧としている。
 先にも述べたが、このゲームの目的は徹頭徹尾「アイドルの入手」であり、その手段もまたアイドルである。
 有象無象のアイドルたちを使い捨て、より希少で美しいアイドルを入手する。
 それがこのゲームにおける唯一の理であり、そのためになされる行為はすべて是とされる。
 だから俺が彼女たちに抱く罪悪感はまったくの筋違いであり、否定すべきものだ。
 否定すべきものの、はずだ。



 入手したアイドルをレベルアップさせ、強化する手段もまた、アイドルである。
 システム的には「レッスン」と称される。
 アイドルを強化するためにレッスンを行う場合、必ず「レッスンパートナー」を指定する必要がある。
 レッスンパートナーとなったアイドルは、いなくなってしまう。
 消滅である。
 システム的にはただ「いなくなります」とだけ冷たく表記されており、そのへんの不条理さを説明するものはなにもない。
 親愛度を上げきってしまったアイドル、ガチャで余分に入手したアイドル、そのほか使い道のないアイドルは総じて誰かの「レッスンパートナー」となり、いずこかへと消えていく。まるでレッスンしたアイドルに贄として捧げられるような演出とともに。

 そのような行為を無数に繰り返し、ひたすら繰り返し、繰り返しつづけるのが、このゲームだ。
 シンデレラが御足を通すガラスの靴は、無数の――まさに星の数ほどの「シンデレラのなりそこね」たちで、できている。



 まるで古の呪術師が行う蟲毒のようにアイドルたちをかけ合わせ、精錬していて、ふと思う。

 レッスンパートナーとなった彼女たちは、いったいどこへ行くのだろう?

 それは他愛もない空想であり、感傷だ。
 仕事帰りの電車の中で、あの言葉にしがたい閉塞感を抱きながら、俺は夢想する。
 彼女たちの存在を制御するフラグの、オン/オフのはざま。
 百万人規模のソーシャルゲームが産み落とす深い闇の底、その虚空の果てに。
 他のアイドルの礎となり消費されていった彼女たちが暮らす、安息の地があるのではないかと。

 いつか俺も誰かに消費され、この世界から消え去ったあとに……その地へたどり着くことができるだろうか。
 頭を下げて彼女たちに赦しを乞い、かつて隔絶されていた世界で生じた信頼と友愛に、まっすぐ応えられるときが来るのだろうか。


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