個人的ゲーム史6

2014/05/14

■RPGツクール
 わが高校時代。
 パソコン研究部の活動場所たる情報処理室の隅っこには、俺をはじめとするこの学校きってのぼんくらたちが日々つどい、暗愚きわまる時間を過ごしていた。
 ぼんくらたちは当時、いったいどこから入手してきたのか、怪しげなゲームが入ったフロッピーディスクを無数に持ち寄った。

 その中のひとつに「RPGツクール」なるものが混じっていた。
 言わずと知れたRPG制作ソフトである。
 これを使えばドラゴンクエストのような名作をつくれる……とまで安易なことを思ったわけでもないだろうが、当時の俺は軽い気持ちでRPGツクールを起動した。
 RPGツクールに触れてみてわかったのは、とにかくゲーム作りがたいへんなのだな、ということである。
 戦闘で使う呪文ひとつひとつに名前を与え、威力や画面エフェクトを設定する。出来あいのものをただ設定するだけでも相当に面倒なのである。これがもし、それぞれを自分でゼロから作るんだと思うと気が遠くなる思いがした。

 戦闘まわりは置いておいて、俺はフィールドマップ作成に取り掛かってみた。
 中央に適当な大きさの陸地を描き、街をつくってみようとしたのだが、そこで早くもつまづいた。
 街のアイコンを配置し、そのアイコンに主人公が触れると街のフィールドに切り替わる……ように設定したいのだが、そのやり方がわからない。
 あれこれ考えた挙句、俺は陸地から遠く離れた場所に島を作り、そこに街を建設することにした。
 主人公が街のアイコンを踏むと、そこへワープするように設定した。彼は街の中に入ったようにみせかけて、実は遠く離れた場所に建造された箱庭の街に存在しているのだ。

 街の入口に立っているキャラクターを配置し、俺はこうセリフを設定した。

「ここは いつわりのまち です」


……この「いつわりのまち」は、パソ研の連中にかなり受けた。
 みんな爆笑していた。
 俺もいっしょに笑ったが、微妙に複雑な気分ではあった。
 軽い気持ちとは言え、生まれて初めてゲームを作ってみようとして早々に挫折を味わった、というのも一因であったかもしれない。
 あるいは「いつわりのまち」という名の皮肉さに、どこか笑えないものを感じたのかもしれなかった。

 俺もそうだし、たぶん俺以外の高校生もそうだ。ひょっとすると中学生もそうなのかもしれない。
 男子、あるいは少年という生き物はとにかく偽りに満ちている。
 隠し事や偽りのない男の子など存在しないのではないかと、俺は思う。
 俺たちは当たり前のように友達に対して偽り、家族に対しても偽る。
 とても重要かもしれないし、実はなんの価値もないかもしれない「なにか」を、別の何者かから、俺たちは必死に遠ざけ、あざむき、隠そうとしていた。

 ときには自分自身にすら、ごく自然に偽りを働いていた。
 本当の自分ってなんだろう?
 自分の夢ってなに?
 俺って、これからどうなるの? どこへ行くの?

 きっと誰だって一度は考えるし、もしかしたら一生考えつづけるかもしれないような疑問から目を逸らし、ごまかすことに腐心していた男子高校生がつくったのが「いつわりのまち」だ。
 本来であれば「街」は新たな冒険や希望を象徴しているはずだ。
 そのアイコンは、今、歩きさまよっているこの世界とは別の世界につながっている。そこでは新たな人々との出会いが、強い武器や防具が、自己の成長と栄光が待っているはずなのだ。

 だが「いつわりのまち」は違う。
 別世界などではなく、離れた場所にあるだけの「同じ世界」に属するものだ。
 その構造には、なんというか……樹海を脱出しようと長時間歩きつづけていて、出口かと思いきや結局は同じ場所に戻っていたという類の閉塞感、もっと言えば絶望感がつきまとう。
 俺たちはどこにも脱出できないのではないか。
 これまでも、そしてこれからも、ずっと、どこへも抜け出すことはできないのだろうか。
 ひたすらあがき、もがき、やっとたどり着いた地でも「ここは いつわりのまち だよ」とそっけなく言われるだけなのではないかと。


 この「いつわりのまち」のことを考えると、まるで対になっているかのように、俺はとあるゲームのエンディングを思い出す。
 ゲームボーイソフト「魔界塔士Sa・Ga」のエンディングである。
 最後のボスを倒した主人公たちは、異世界への扉を前にしてこんな会話を交わす。

「これからどうする?」
「このむこうに別の世界があるのかな?」
「行ってみるか?」
「俺はどっちでもいいぜ」
「そうだな。でも、ここもけっこういいとこになったんじゃない?」
「言えてる。悪いやつ全部やっつけたからな」
「行こう!」
「どこへだ?」


 そして扉に背を向け、こう告げるのだ。高らかに。

「俺たちの世界へ!」


 異世界ではなく、自分たちが暮らす世界を選択するのである。
 そこには、とある男子高校生のような偽り、虚飾は一切ない。

 けれど、もし彼らが異世界への扉を開けていたら、どこへたどり着いていただろう?
 まあ、まかり間違っても「いつわりのまち」に行ってしまうことはないだろう。
 きっと「いつわりのまち」は、その名にふさわしく偽りにまみれた男だけが訪れることができる最果ての掃き溜めであり、今はもう失われて思い出せないなにかの残滓であり、悪い意味での聖地なのだ。

艦これエロ同人誌にありがちなこと

2013/10/05

 うへー艦これ人気すげーなー、きっと夏から冬にかけておそろしい数のエロ同人が生まれているのであろうな……。
 と思いながらつらつら考えました。艦これ同人誌一冊も読んでませんが……たぶんすでに先人が多数いることは承知の上で。
 なお、現時点で俺が所有していない艦娘は除外しました。


艦これエロ同人界において鉄板の方々。

■島風
 やられ姿が異常に可愛いので、中破するたびに軽く興奮するよな しますよね。
 ・「そっちだけは早いのね」と蔑まれる
 ・「この私が犯られるなんて~」
 ・「お゛ぅ!」(絶頂に達した際の謎のうめき声)

■愛宕
 すべての台詞がエロスに聞こえる 聞こえるか 聞こえるだろう。
 ・「そこは改造してないわ、自前よ~」
 ・「タンクが大きいと肩がこるのよね~」
 ・「夜の戦い…私、得意なの…」
 ・「ちょっとぉ…犯りすぎじゃないかしら」

■天龍
 最初どうして人気なのかわかりませんでしたが、すぐに理解できました。
 ・「フフ、怖いか?」事にいたる直前に涙目で言われる
 ・「○○の匂いがサイコーだなぁ、おい」好きな淫語を当てはめてください

■五十鈴
 ええ、もちろんすごい勢いでレベル50にしました。
 ・特殊なプレイを試行しようとして「何がしたいの?」と蔑まれる
 ・「五十鈴には丸見えよ」とんでもない部位を見られる
 ・「上部兵装を失っただけよ…」脱ぎながら
 ・「犯ったわ!」

■那珂ちゃん
 ・那珂(なか)ではなく膣内(なか)と読ませる
 ・堕ちたアイドルとして枕営業的なことをやらされる

■加賀
 正規空母は全員巨乳であるべきなんだ…瑞鶴はなにかの間違いなんだ…
 ・「…犯りました」事後にすまし顔で言われる
 ・「頭にきました」と言いながら攻めのプレイに転ずる


個人的にエロくあってほしいと思っている艦娘たち。

■蒼龍
 ・「九九艦爆がはみ出ちゃうから…」言葉の意味はわからんが個人的に猛烈なエロさを感じる
 ・「あまり艦を…揺らされますと…」同上

■響
 ・「不死鳥の通り名をくれてやろう」提督の絶倫ぶりを賞賛しながら

■由良
 ・「て…提督さんったら☆」二人は今日もラブラブですね☆
 ・「よーく狙って…てーっ(棒」エロくはないが、とにかく脱力する

■陸奥
 ・「あら、あらあら」提督の局部を見ながら
 ・「私の”中”で火遊びはやめてって言ったでしょ…」

■伊168
 ・「あ、あんまり痛くはしないでね…」
 ・「水着が破けちゃうじゃない」水着プレイを敢行しながら
 ・「やば、急速潜行!」どこへ潜るというのかね


その他。

■赤城
 エロに絡まず、かたわらでひたすら飯を喰っているイメージ
 知らない子ですね…

■千歳と千代田
 こいつらはガチであり、提督の陰茎の入る隙間はない
 だが改二にした場合の脱ぎっぷりのエロさは異常


■提督
 秘書にした艦娘の台詞から察するに、執務室内で相当なレベルのプレイを日常的に行っている高レベルの変態。
 ちまたでは小動物説も流れているらしいですが……。
「これから野戦としゃれこもうじゃないか」エロ行為前の定番の台詞

「そーうら、私の14cm単装砲はどうだい?」まあ普通
「そーうら、私の46cm三連装砲はどうだい?」怖いよ!殺し屋イチの組長的な
「そーうら、私の12.7cm連装高角砲はどうだい?」そそり立っていることをアピール
「そーうら、私の12cm30連装噴進砲はどうだい?」連射っぷりをアピール
「そーうら、私の7.7mm機銃はどうだい?」たまには可愛さをアピール



 ちなみに初めて入手した重巡が高雄さんなのですが、彼女は今後のアップデートでよりエロくなってほしいと願ってやみません。
 我が艦隊で長らくエースだった陸奥つぁんの砲撃命中率が最近すげー下がっている気がしますが、太ももがエロいのですべてを許せます。
 太ましい艦娘に栄光あれ。

個人的ゲーム史5

2013/05/21

■カードゲーム、ボードゲーム
 引きつづき高校時代のパソコン研究部について書く。
 毎日情報処理室に集まっては、テクノポリス(エッチなパソコン雑誌)がどれだけテクノなポリスかを語り合ったり、プリンセスメーカー2でエロエロな娘を育てていたら職業が娼婦になってしまったことについて真剣に悩んだりしているうちに、俺たちは高校二年生になっていた。

 高校二年生。十七歳である。
 少年漫画やライトノベルの主人公はたいていこのあたりの年代であり、なにかこう、未だかつてない出来事が己のまわりに起こりそうな気がする年頃だ。
 主観としての物語において俺たちはたしかに個々が主人公に違いなかったけれど、さほど特別なことが起きぬことをわきまえており、クラスの片隅で目立たず迷惑をかけぬよう分相応に生きる謙虚な主人公たちであった。

 パソ研仲間の一人で、俺と三年間同じクラスになったAという友人は、しきりに「十年後」という言葉を口にした。

「なあ井上、お前、十年後の自分を想像できるか?」

 想像できるわけがない。

「百年後だったら死んで灰になってるだろうと想像できるが、十年後は難しいな」

 俺が苦笑いすると、彼は決まって次のようなことを言った。

「二十七歳だぜ、二十七歳!」

 やがて訪れる大いなる破滅を告げる預言者のような、大仰な身振りで。

「三十歳を前にして、夢も希望もなく会社の歯車になって擦り切れているかもしれないんだぜ?」

 Aは俺への悪意でこのようなことを言ったわけではない。
 それは俺に対しての言葉であると同時に、A自身への言葉……ひいては教室のそこらじゅうで蠢いていた有象無象の十七歳たちへの問いかけでもあったからだ。
 薄闇に閉ざされた将来を受け入れられるほど大人でもなく、幸福と光輝に満ちた未来を無条件に信じられるほど子供でもない。どっちつかずの、ただの十七歳である俺は、この問いに困惑と苦笑をもって答えるしかない。


 放課後、情報処理室に集まった際、いつしか俺たちはカードゲームで遊ぶようになった。
 例によって誰かが家から持ってきたゲーム群を繰り返し遊んだ。
 UNO、モノポリーと言った定番から、ロードス島戦記カードゲームやらモンスターメーカーカードゲームなどといったマニアックなものも含めて繰り返し遊び、文字通り日が暮れるまで没頭した。
 もはやパソコン研究でもなんでもない集まりと化していたが、顧問の先生は特になにも言わなかった。あいかわらずPC98でゲームを遊ぶと怒られたが、部屋の片隅でカードゲームに興じることは黙認されていた。

 ある日、見慣れぬ一年生が情報処理室に入ってきた。
 細いフレームの眼鏡をかけた少し神経質そうな細身の男子だった。彼は俺たちがカードゲームに興じるさまを、ひどく面白げに頬を歪めて見ていた。
 タナカと名乗ったその後輩は、その日からパソ研に混ざって遊ぶようになった。
 彼はいろいろと多彩なゲームを所有しており、俺たちの遊びの幅はぐんと広がった。やがて高校から徒歩数分という便の良さに加え広い遊び部屋が確保できる彼の家に遊びに行くようになり、休日に集まって朝から晩まで「バトルメック」などの長時間かかる重いボードゲームに興じるようになるまで、さほど時間はかからなかった。
 ちなみに、タナカの家に遊びに行くようになって「タナカ」というのが実は偽名だったことを知った。

「教室でゲームをやってるような怪しい人たちだったので、なんとなく本名を名乗ったらまずいと思った」

 だが、その頃にはもうすっかり呼び名が定着してしまっており、彼はその後もずっとタナカと呼ばれつづけた。


■テーブルトークRPG
 タナカの家にはロードス島戦記シリーズをはじめ、グループSNEのソード・ワールドRPGに関する書籍が膨大にあり、俺はそれを貪るように借りては読んだ。
 やがてタナカの家に集まる数人で、ソード・ワールドRPGで遊んでみようということになった。
 その頃ロードス島戦記のリプレイを読んではいたが、まさか自分が実際にテーブルトークRPGで遊ぶことになろうとは予想だにしていなかった。

 そうして何週間に一度、タナカの家でテーブルトークRPGを遊んだ。
 ゲームマスターは持ち回りで担当した。
 正直、俺を含めて拙いマスタリングだったと思う。
 シナリオと呼べるほど凝った話でもなく、ゴブリン退治に毛が生えたような単純なセッションだった。プレイヤー側もプレイヤー側で、照れくさくてロールプレイするどころではなく、機械的に淡々と話を進めて戦闘をこなすような無味乾燥なプレイに終始していた。
 じゃあつまらなかったのかと言うとそうではなく、すごく面白かったのだ。
 気の合う仲間とサイコロを振って一喜一憂するだけで、とにかく楽しかったのだ。(時には自作のすごろくを持ち寄って遊ぶほどだった。今思えば狂気の沙汰だ)

 そうやってタナカの家で蜜月と称してもいいほどの愉快な日々を過ごしていたわけだが、やがてそれが起こった。今でも俺の中で心残りになっている、あの事件が。

 とある休日のセッション。
 Aがゲームマスターを担当したときのことだ。
 シナリオの終盤に差し掛かり、ボス的な存在と戦闘していたときにそれは起こった。なんとプレイヤーを導いていた味方のNPCが突如裏切り、背後から攻撃魔法を撃ってきたのだ。
 それがとてつもなく強力で、プレイヤー陣はあっけなく全滅した。
 タナカ家で遊んだ数々のTRPGセッションで、初めての全滅であった。

「これはあれだよな、強制敗北イベント的な……」

 少し重苦しくなった場を盛り上げようと、俺は笑ってAに言った。
 だがAがなにか言う前に、ぼそりとタナカが吐き捨てるようにつぶやいた。

「……なんだよこれ……理不尽すぎるでしょ」

 いつになく不機嫌なタナカの口調に鼻白みつつ、Aが反駁する。

「いや、これで終わりなわけないだろ」

 その後、少しだけAとタナカの言い争いみたいなものが発生した。
 結果として、このNPCに裏切られて全滅したセッションが、タナカの家で遊んだ最後のTRPGセッションとなった。
 この事件を境に、少しずつタナカの家に集まる頻度は減っていったように思う。俺は継続してタナカの家にセガサターンをやりにいったりしていたが、パソ研のメンバーが集まって朝から晩までゲームを遊ぶ機会が訪れることは二度となかった。

 今にして思えば、それは斜陽と呼ばれるものだったのかもしれない。
 気が付かないうちに俺たちの頭上に訪れていた、黄金時代の斜陽。あるいは落日。

 NPCを裏切らせてド派手などんでん返しを演出したシナリオの後半がAの口から語られることは、もはやない。
 あのNPCはなぜ裏切ったのか。どんな事情があったのか。
 タナカは怒っていたが、俺はどんでん返しが嫌いではない。素直につづきを遊んでみたかった。
 細部は忘れはしたものの、高校時代に打ち込まれた細い楔のように、俺はあの日のことを忘れることができない。

 それから十数年が経過した今。
 あのころ怖れていた三十歳をとっくに超えてしまったAと、同じ歳の俺。そしていっこ下のタナカ。
 各自いっぱいいっぱいの十七歳を謳歌していたパソ研のボンクラどもがこぞって集まり、笑い、酒でも酌み交わしながら……あの日に失われたセッションのことを懐かしく語り合える日が来ることを俺はよく夢想する。

個人的ゲーム史4

2013/05/17

■FMタウンズとPC98
 高校時代、俺はパソコン研究部なる怪しい部活に入っていた。
 情報処理室の片隅にあるスペースに置かれているFMタウンズでプログラムの勉強をするのが主な活動。ゲームのプログラムの参考にするため、という名目でタウンズでゲームをすることも許された。
 そういうわけで、なんとなくパソコンで遊びたいボンクラたちが集まるゆるい空間だった。

 だが、当時の俺たちは青春真っ盛りであり、絵に描いたような思春期であった。
 結論から言うとエロゲーをやりたくて仕方がなかったのだ。
 情報処理室には十数台のPC-98が設置されていた。今では信じがたいが、HDDが内蔵されておらずフロッピーディスクを読み込ませてソフトを走らせるタイプのコンピュータだった。
 それにボンクラ連中がどこからともなく持ち寄った怪しいエロゲーのフロッピーを挿入して遊んだ。夢中で遊んだ。かの名作「同級生」などはフロッピーディスク数枚組で、場所を移動するたびに入れ替えが発生したが、そんなものを苦にもせず俺たちはゲーム・オブ・エロスの世界に耽溺した。
 今ではちょっとゲーム中に読み込みが入るだけで「快適さが足りないね……プレイアビリティっていうかね……」などとしたり顔でほざく俺だが、当時はその読み込みすらも楽しんでいたように思う。
 フロッピーを入れた瞬間の、あの「かちゃり」という、そこにあるべきものを正しくはめ込む快感。そして磁気データが読み込まれて電気信号が走る。やがて画素の粗いドット絵の美少女グラフィックが15インチのモニターに表示される。その虚構に俺は魅了される。
 生身の女子と交際するという現実がとてつもなく遠い……距離にしたら太陽系とアルファ・ケンタウリ星系ぐらいに隔たりのあるような清く正しいボンクラの俺たちであったから、それはもう魅せられた。
 恥じらいを捨てて率直に言えば、モニタ越しの彼女たちに恋をしていた。
 友人からパソコン雑誌を借りて、気になった女の子のイラストを一生懸命に模写してから返す、というような気持ち悪いことすらしていた。振り返ってみると歪んだ情熱の発露っぷりがはなはだしいが、インターネットもなかった頃の十代の男子の思い出としては、ごくありがちな話だと思いたい。


 なお、情報処理室のPC98でゲームを遊ぶことは禁じられていた。
 たまに活動を覗きに来る顧問の先生にその行為の現場を見つかると、こっぴどく叱られた。

 だが、このシチュエーションは俺たちのチャレンジ精神を大いに駆り立てた。
 PC98でエロゲーを嗜む場合は、基本的に入り口から死角になる機体を選択する。ごく初歩のテクニックである。
 だが先生も間抜けではなく、実際になにをやっているのかモニタを覗いて確認しようとしてくる。そこで、傍らには必ずパソコンの教本(BASIC入門など)を置いておく。先生が接近してきたら、悟られぬよう自然な動作でフロッピーを入れ替えつつPC98をすみやかに再起動してDOSの画面を表示。さも「勉強中です」という雰囲気をかもし出す。これでたいていは回避できる。

 しかし、この手法ではゲームを強制終了させるのが必須となってしまうため、後年はすぐ隣のPC98をダミーとしてDOSやBASICを起動しておき、いざという場合はエロゲーをプレイしていたPC98のモニタだけ落として先生のチェックをやり過ごす……という非常にハイリスク・ハイリターンな技法が生み出された。成功率を高めるために、ボンクラどもが教室内に分散しておき、タイミングよく「先生、ちょっと教えてもらいたいことがあるんですが」などと声をかけて、特定のPCから注意を逸らすような真似までしていた。

 学校で遊ぶエロゲーは本当に楽しい。
 俺が高校時代に学んだ数少ない真理のひとつだ。
 やたら楽しくて、スリリングで、どんなしょうもないゲームであろうと異常に興奮した。

 女の子と遊ぶこともなく、それどころか目を合わせたり話すことすらまれで、同じクラスの中堅的な人気者ポジションだったYくんからは「雑魚グループ」と陰で呼ばれていたような俺たちだったけれど、あの経験だけは誇れるものだと思う。
 倫理的とかその他もろもろに照らすとけっしてほめられたものではないし、むしろ人として学生として恥じ入るべきエピソードであることは百も承知で、それでも俺は、十数年経った今だからこそ、人知れずささやかに誇りたい。
 俺を含めた愛すべき数人のボンクラ男子高生。今はどこでどうしているかわからない栄光なきパソ研メンバーたちのために、誇ってやりたいと思うのだ。

モバマス、ゼルダ、ドミニオン

2013/02/12

 もう2月かよ!――っていう今さら感の漂う叫びとともにはじまるブログなわけなんですけどもね、ええ、ええ。そんな漫才みたいな書き出しもどうかと思ったのでもうやめますけれども、季節の移り変わりをモバマスのイベントで感じるというのもどうかと思います。
 具体的にはモバマスのバレンタインイベントで2月の訪れを察するというのは本当に、どうなんだろうな……と思いました。

 で、無課金でひそひそやっているモバマスことアイドルマスターシンデレラガールズですが、無課金なのであいも変わらず入手した衣装を秒単位で奪われる羅生門の日々です。
 イベントの小松伊吹ちゃんは可愛いな……そんなことを考えて時を過ごしていました。
 本当にこのダンス大好きっ娘は健康的にERO可愛いので、それだけでもモバマスをやる価値はあります。
 ダンサーですよダンサー。
 すなわち踊り子ということであり、ファイアーエムブレムであれば彼女の踊りで再行動が可能になるという寸法です。再行動を起こせるということです。局所的に。あるいは局部的に。


 あと埃をかぶりすぎて古代の遺跡のようになっていたWiiを起動し、黎明期の名作・ゼルダの伝説トワイライトプリンセスをプレイしています。
 ヌンチャク振って回転斬り出してます。
 うおーいこれ超おもしれえよぉーっ。「ハイスコアガール」読んで思わず押入れのPCエンジン引っ張りだして源平討魔伝とかワルキューレの伝説遊んでる場合じゃなかったよ!
 ハイスコアガールすげえおもしれえよ! 三十路のおっさんは誰もが「これは俺のために描かれているのではないか」という錯覚じみた感激におそわれるので読むとよいです。

 それはそれとしてゼルダおもしろい。
 昨日、マスターソード(伝説の剣)手に入れてテンションが上がりました。
 聖なる森の奥深くに鎮座していた巨大な石像が重々しくしゃべり出して、

「我らは森の守護者……この奥に進みたくば……」

 おっと、やはり伝説の剣はタダでは手に入らない。
 どうやら壮絶なバトルをご所望のようだぜ……と思いきや、

「我らをもとの場所(パネル)に導いてみせよ」

 まさか剣を手に入れるための試練が石像を動かすパズルとは思いませんでしたが。
 無駄に難解なパズルをやっとこさクリアすると、

「お前は我らを正しき場所に導いた……では我らはお前を森の奥へと導こう……」

 などと説得力があるようなないようなことを言い出す石像に微妙な気分を抱きましたが、伝説の剣には代えられません。

 あと砂漠にあるダンジョンのおもしろさがすさまじかったです。
 ゼルダのダンジョンは、前半とても苦しく、後半は入手したアイテムを使って苦しめられたダンジョンを征服する、というプロセスが美しく秀逸でひたすら楽しいんですが、このダンジョンはアイテム入手後からボス戦に至るまでぶっちぎりに楽しかった!
 詳しくはネタバレになるんで詳しく説明しづらいですが……なんというか遊園地っぽい楽しさがありました。
 
 これをクリアしても、次は次作の「スカイウォードソード」を遊べるというのはわりと幸せですね。長いこと積んでしまっているという根本的な不幸に目をつむれば。


 あともう少しだけゲームのこと。
 最近は人を集めてカードゲーム「ドミニオン」を遊んでます。
 いい大人が朝から晩まで、必死に銅や屋敷を廃棄したり村を連打してアクションカードを大量に使うことに血道をあげています。

 最新拡張の「暗黒時代」もおもしろいですよ。
 なんたってマニュアルのストーリーが無駄に重厚。読むだけで暗黒な気持ちになれます。こういうアナログゲームの説明書に付き物の必要か否か議論の別れそうなバックストーリーは大好きですが。
 カードも「浮浪児」「物乞い」「死の荷車」「ゴミあさり」「はみだし者」「ネズミ」「狂信者」「狂人」「略奪」などと名前を見るだけで気の滅入る小粋な連中が揃っており、最高に最悪です。
 最近は「はみだし者とならず者はどっちが悪いのか?」という議論が熱い。
 あと「浮浪児」は重ねて使うと「傭兵」にクラスチェンジするドラマティックなカードで、使うときは必ず、

「――こうして痛みを知った少年は成長し、やがて屈強な勇士へと……」

 などといいかげんなストーリーをつぶやきながら適度にウザく遊ぶことを推奨したいです。
 同様に「狂人」にクラスチェンジする「隠遁者」も。

 ていうかなにがあったんだ隠遁者。
 なぜ単に買い物しないだけで狂ってしまうのか。どれだけショッピング大好き爺さんなのか。

個人的ゲーム史3

2012/11/06

■ゲームボーイその2
 俺は高校を卒業するまでに、学校を二回だけ休んだ。
 高校時代にナイフで腹を刺されて入院したときと、中学時代に学校をさぼったときだ。

 その日、学校をサボってみようと決めていた。
 さしたる理由があったわけではない。
 学校が好きというわけでもなかったが、格別に嫌いというわけでもなかった。たいていの十四歳が経験する、世界に対する反抗的なものだったとも思わない。
 と、思っているだけで、実は単にそういうものだったのかもしれないが。

 いつも通りに朝食を食べ、中学指定の学生鞄を持ち、家(例のボロ家だ)を出て、とりあえずすぐ近くにある小さな児童公園に行き、ベンチに座ってみた。そのとき公園沿いの道に、犬の散歩をしている男性の姿が見えた。
 その男には見憶えがあった。アマイケという人で、公園の向かいにある自宅で学習塾を開いている。まずいことに、当時の俺はそのアマイケ塾に通っていた。
 学校の先生というわけではないが、いちおう先生は先生であり、見つかればあまり愉快なことにはならんだろうと俺は思った。
 なんとかアマイケ先生の視界から隠れ、公園から抜けだした俺は、もっと遠くへ行くことにした。
 知り合いに会うことのない、どこか遠くへ。

 そうは言っても当時から行動力に乏しかった俺のことなので、徒歩で小一時間ほど移動したあたりで「そろそろいいかな」という気分になってしまった。学生服で平日に街を歩いていると補導される、という噂を聞いていたが、誰かに声をかけられるようなことはなかった。

 目についた大きな公園の敷地に入り、ブランコに腰掛けてみた。
 周囲にあまり人はいない。少し遠くの噴水広場に、近所の幼稚園児とおぼしき子供たちが数人いて、元気に走り騒いでいるのが見えた。

 俺は学生鞄からゲームボーイを取り出した。
 今振り返ると笑ってしまうが、この日の俺はなにをどう思ったのか、初めてのスクールエスケープのお供にゲームボーイを選んだのだった。
 俺はゲームボーイから伸びたステレオイヤホンを両耳に押し込み、電源スイッチを入れた。
 聖剣伝説のカートリッジが入っていた。
 記憶喪失の少女との出会い。帝国にさらわれた彼女を助けるために、ミスリルソードやらチェーンフレイルだとかを振り回す。
 このゲームの音楽は、どれも名曲と名高い。とくに街を出たフィールドで流れる音楽が好きだ。この曲の旋律を耳にするたびに、俺はこの日のことを鮮明に思い出す。
 子供たちが水遊びに興じる声は、すでに遠い。

 やがて日が暮れ、バックライトのない液晶画面がよく見えなくなってきた。
 昼飯も食べていないので、お腹も空いた。
 俺はゲームボーイの電源を切り、元通り鞄の中に仕舞った。けっきょく俺はなにがしたかったのか。こんなところでゲームボーイに興じたかっただけなのか。
 わけがわからない。呆れるしかない。
 この中学時代の俺が、もし無人島に行くときに持っていくものをひとつ選べと言われたなら、きっとゲームボーイを選ぶのだろう。
 中学生が遊ぶには小さすぎるブランコから冷えきった尻を持ち上げ、俺は公園を出て、来た道を戻った。

 家に帰って夕飯を食べたあと、学校から電話がかかってきた。
 担任の教師は、俺が風邪でもひいて来なかったのだろうと思って確認のために電話をかけ、そこで息子の不登校を初めて知った母親は仰天した。その後、母子揃って学校に赴き、生まれて初めて生徒指導室という場所に入った。
 先生や母親はおそるおそる俺が抱えているはずの深刻な悩み、心の病巣的なものを聞き出そうとしたが、自分でも心当たりがないので答えようがない。
 とにかくすいません、もうしません、と涙ながら各位に謝り、世間様におけるナイフみたいに尖った十四歳の少年たちに比べると非常に締まりのない、なんともぐだぐだで生ぬるい感じで、ともかく俺はその日を終えた。


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