2005.08.24(Wed)
同級生
(某年某月某日 14:32 ノーザンシティ警察署第2聴取室にて)
―――そうです、刑事さん。はい。はい。私がやりました。二丁目のゲイリーも、サテラストリートのジャスミンも。ホットドッグ屋のスパチニェフも。
すべて私がやりました。
え、なんですか。
ああ、どうしてやったのかって。
ええ、まぁ、もちろんそういう話になりますよね。そりゃあね。
なんでやっちゃったんでしょうね、私。ハハ。
すみません、べつにふざけてるわけじゃあないんですよ。たぶん理由があるんです。あったはずなんですよ。
今、ちょっとがんばって思い出してみます。歳をとると、どうにも忘れっぽくなってしまっていけませんね。
月並みですが。人間ってやつァ、大事なことほど、真っ先に忘れていくようにできてるんですよ、ね、そう思いません刑事さんも。
ああ、そう。
そういえばね、ひとつ思い出しましたよ。
昔、ええ、かなり昔、私がまだ会社勤めをしていたころですよ。毎朝毎朝通勤電車に揺られて、決められた時間を会社に捧げて、時間の切り売りをしていたあのころの話ですよ。
いつも駅へ向かう途中、すれ違う連中がいたんですわ。
連中っていうのは、なんと女性の集団でね。それも若く綺麗な、絵に描いたような美人ぞろいの一団でしたね。いつも少なくて3人から、多いときは6人ぐらいいたかな。
それでね、その美女軍団の中心に、いつも必ず、一人だけ若い男がいたんですよ。
ええ、男です。男が一人です。
彼と彼女たちは、いつも楽しそうに談笑しながら私とすれ違いました。
私、彼のことを心の中で『同級生』って呼んでましたね。いや、もちろん彼と私が同じ学校出の同年代ってわけじゃあないですよ。ああいう、女性にモテモテ・・・って言うんですか?・・・うわぁ、モテモテって、なんか実際に口に出すと気恥ずかしいことこのうえないですねェ・・・モテモテ・・・まぁそういう状態を指す言葉として、我々ぐらいの世代だと『同級生』なわけなんですよ。え、わかんない? ああ、そう。
それでね、あの『同級生』を毎日見てるとね、なんだかなーって思っちゃうわけですよ。俺ってなんなんだろーって。いったい何のために生まれてきて、生きてるんだろって。
いや、ホント青臭いこと言ってるって、わかってますよ。わかってますってば。
でも一生に一度ぐらいは、実感したいじゃないですか。実感してみたいじゃあないですか。自分が生まれてきた意味とか、そういうの。
彼らとすれ違うたび、思ったんですよ。
『同級生』と、私の間にある差って、いったいなんなんだろうって。それはたぶん絶望的な隔たりっていうか、きっとそういうどうしようもないものがあったとは思いますよ。容姿とか、金、地位、性格や、体臭とか、よくわかりませんけどその他もろもろとね。
でも、何かがあった!
他に、何かが、あったと、思うんですよ。決定的なもの、絶対的なものが、何かあるはず。具体的にはわからないけれど、それは間違いない、そう思いました。
同時に強く思いました。それを、知りたい、と。
渇望と言ってもいい。狂おしいまでに、その思いは私の中で強く強くなっていきました。
そして、いつしか、私は、それを知るには『同級生』のいる場へ、物理的に至ってみるしかないと考えました。
要するに、あの、女性たちの真っ只中に突っ込んでみる、ということです。
突拍子も無いことをと思われますか。
しかし彼のいるゾーンあるいはフィールド、いや「座」とでも表わせば良いのか・・・とにかく「そこ」に至るためには、もう手段をどうこうしてどうにかなるようなものではなかったのです。
その日、私は駅に向かう途中の道で、笑いさざめきながらこちらに歩いてくる彼らを見つけました。
この日、『同級生』は5人の女性に囲まれていました。私はこのフォーメーションのことを「五輪車(ごりんぐるま)」と称しておりました。
最強形態「燕六連」に次ぐ、屈強な陣形です。
しかし、それでこそ、挑む意味がある。
私は内心ほくそ笑みながら、歩みを速めました。
いつもなら、彼我の距離が数メートル程度に縮まった時点で、私の方が脇に逸れ、『同級生』ご一行に道を譲るのが常でした。
が、その日は違いました。
私は、一歩も間違うことなく、右足と左足を交互に、彼らの真っ只中に突入するコースへと出し続けました。
そして。
あと、ほんの2、3歩で、『同級生』と正面衝突する―――彼の『座』へと至ることができる―――そう確信したときの、ことでした。
『同級生』自身は、周囲の女性たちと談笑することに追われ、私には一切気づいていないようでした。
代わりに、女性たちが、一斉に、私を見ました。
まるで五方向からレーザーで射抜かれたかのような気分でした。それぐらい、彼女たちの視線は冷ややかで、私を侮蔑し、嘲り、唾棄すべしとの感情に満ち満ちておりました。
一人目の視線が言いました。
「邪魔だ」と。
二人目の視線が言いました。
「どけ」と。
三人目の視線が言いました。
「失せろ」と。
四人目の視線が言いました。
「死ね」と。
五人目の視線が言いました。
「セレブ」と。
そして『同級生』は、けっきょく私に一瞥もくれることはありませんでした。一瞥すらも!
ていうか「セレブ」ってなんだ。「セレブ」ってなんだよ!
ねえ、なんだ! ねえオイ! なんなんだよォ! おおお、うううううう、おおおおおおあああああああ――――――――――――――――――。
(彼はこの後、椅子に座ったまま大きく後ろに反り返ったかと思うと、全力で聴取用机の角に、己が前頭部を打ちつけた。頭骨陥没。即死だった)
―――そうです、刑事さん。はい。はい。私がやりました。二丁目のゲイリーも、サテラストリートのジャスミンも。ホットドッグ屋のスパチニェフも。
すべて私がやりました。
え、なんですか。
ああ、どうしてやったのかって。
ええ、まぁ、もちろんそういう話になりますよね。そりゃあね。
なんでやっちゃったんでしょうね、私。ハハ。
すみません、べつにふざけてるわけじゃあないんですよ。たぶん理由があるんです。あったはずなんですよ。
今、ちょっとがんばって思い出してみます。歳をとると、どうにも忘れっぽくなってしまっていけませんね。
月並みですが。人間ってやつァ、大事なことほど、真っ先に忘れていくようにできてるんですよ、ね、そう思いません刑事さんも。
ああ、そう。
そういえばね、ひとつ思い出しましたよ。
昔、ええ、かなり昔、私がまだ会社勤めをしていたころですよ。毎朝毎朝通勤電車に揺られて、決められた時間を会社に捧げて、時間の切り売りをしていたあのころの話ですよ。
いつも駅へ向かう途中、すれ違う連中がいたんですわ。
連中っていうのは、なんと女性の集団でね。それも若く綺麗な、絵に描いたような美人ぞろいの一団でしたね。いつも少なくて3人から、多いときは6人ぐらいいたかな。
それでね、その美女軍団の中心に、いつも必ず、一人だけ若い男がいたんですよ。
ええ、男です。男が一人です。
彼と彼女たちは、いつも楽しそうに談笑しながら私とすれ違いました。
私、彼のことを心の中で『同級生』って呼んでましたね。いや、もちろん彼と私が同じ学校出の同年代ってわけじゃあないですよ。ああいう、女性にモテモテ・・・って言うんですか?・・・うわぁ、モテモテって、なんか実際に口に出すと気恥ずかしいことこのうえないですねェ・・・モテモテ・・・まぁそういう状態を指す言葉として、我々ぐらいの世代だと『同級生』なわけなんですよ。え、わかんない? ああ、そう。
それでね、あの『同級生』を毎日見てるとね、なんだかなーって思っちゃうわけですよ。俺ってなんなんだろーって。いったい何のために生まれてきて、生きてるんだろって。
いや、ホント青臭いこと言ってるって、わかってますよ。わかってますってば。
でも一生に一度ぐらいは、実感したいじゃないですか。実感してみたいじゃあないですか。自分が生まれてきた意味とか、そういうの。
彼らとすれ違うたび、思ったんですよ。
『同級生』と、私の間にある差って、いったいなんなんだろうって。それはたぶん絶望的な隔たりっていうか、きっとそういうどうしようもないものがあったとは思いますよ。容姿とか、金、地位、性格や、体臭とか、よくわかりませんけどその他もろもろとね。
でも、何かがあった!
他に、何かが、あったと、思うんですよ。決定的なもの、絶対的なものが、何かあるはず。具体的にはわからないけれど、それは間違いない、そう思いました。
同時に強く思いました。それを、知りたい、と。
渇望と言ってもいい。狂おしいまでに、その思いは私の中で強く強くなっていきました。
そして、いつしか、私は、それを知るには『同級生』のいる場へ、物理的に至ってみるしかないと考えました。
要するに、あの、女性たちの真っ只中に突っ込んでみる、ということです。
突拍子も無いことをと思われますか。
しかし彼のいるゾーンあるいはフィールド、いや「座」とでも表わせば良いのか・・・とにかく「そこ」に至るためには、もう手段をどうこうしてどうにかなるようなものではなかったのです。
その日、私は駅に向かう途中の道で、笑いさざめきながらこちらに歩いてくる彼らを見つけました。
この日、『同級生』は5人の女性に囲まれていました。私はこのフォーメーションのことを「五輪車(ごりんぐるま)」と称しておりました。
最強形態「燕六連」に次ぐ、屈強な陣形です。
しかし、それでこそ、挑む意味がある。
私は内心ほくそ笑みながら、歩みを速めました。
いつもなら、彼我の距離が数メートル程度に縮まった時点で、私の方が脇に逸れ、『同級生』ご一行に道を譲るのが常でした。
が、その日は違いました。
私は、一歩も間違うことなく、右足と左足を交互に、彼らの真っ只中に突入するコースへと出し続けました。
そして。
あと、ほんの2、3歩で、『同級生』と正面衝突する―――彼の『座』へと至ることができる―――そう確信したときの、ことでした。
『同級生』自身は、周囲の女性たちと談笑することに追われ、私には一切気づいていないようでした。
代わりに、女性たちが、一斉に、私を見ました。
まるで五方向からレーザーで射抜かれたかのような気分でした。それぐらい、彼女たちの視線は冷ややかで、私を侮蔑し、嘲り、唾棄すべしとの感情に満ち満ちておりました。
一人目の視線が言いました。
「邪魔だ」と。
二人目の視線が言いました。
「どけ」と。
三人目の視線が言いました。
「失せろ」と。
四人目の視線が言いました。
「死ね」と。
五人目の視線が言いました。
「セレブ」と。
そして『同級生』は、けっきょく私に一瞥もくれることはありませんでした。一瞥すらも!
ていうか「セレブ」ってなんだ。「セレブ」ってなんだよ!
ねえ、なんだ! ねえオイ! なんなんだよォ! おおお、うううううう、おおおおおおあああああああ――――――――――――――――――。
(彼はこの後、椅子に座ったまま大きく後ろに反り返ったかと思うと、全力で聴取用机の角に、己が前頭部を打ちつけた。頭骨陥没。即死だった)
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