一切の希望を

2010/02/24

 XBOX360版のダンテズ・インフェルノをやっております。

 つまるところ、なぜか死神よりも強い普通の人間ダンテさん(CV:江原正士)のいい旅・地獄めぐりであり、神曲道中記であるわけで、いい具合に死後の世界の恐ろしさを思い知ることができます。
 とりあえずいたるところに串刺しの人体がオブジェよろしく羅列されており、地獄の恐ろしさをプンプン匂わせてきます。
 あと地獄では苦悶する人間の像が大量に配置されており、あまつさえその口からは必ず液状のなにかを出しています。
 ハシゴかと思って昇り降りしていたら無数の亡者がジムダステギのように折り重なったものだったり、序盤に「肉欲の塔」などという、俺でさえ具体的な描写がためらわれる超破廉恥スポットが存在したりと、バラエティ豊かな地獄の旅が楽しすぎます。

 かなりよくできています。
 まるで名作アクションゲーム「ゴッド・オブ・ウォー」のようです。
 というか、もしかして生き別れの双子の弟なんじゃないかと思うほどにゴッド・オブ・ウォーそのものでした。
 敵を倒して得た魂と引き替えに各種スキルをアンロックしたり、指示されたボタンを押して敵に止めを刺すCSアタックなどはもちろん、体力や魔力回復のオブジェを使う際にいちいちボタン連打が必要なところなど、本当におそるべき再現度。
 正直、訴えられやしないか心配になるレベルです。
 おもしろいんですけど。

マグネタイトが尽きるまで

2010/02/18

 悪魔召喚プログラムが手に入ったらなにをするか?

 というのはかなり昔から議論されてきたテーマではあるが、今、俺がそれを手にしたならば、まずは定石どおり妖精ピクシーを仲魔にするであろう。
 というか、どう頑張ってもピクシーあたりの同情を引いて仲魔になってもらうのが関の山であろう。

 そうして夜な夜な、日々の仕事で疲れた身体を癒すべくディアを唱えさせるのだ。
 彼女のMPが続くかぎり。


 回復魔法の心地よさに包まれながら、昔……小学生の頃、俺のクラスにはロウヒーローとカオスヒーローがいたことを思い出す。

 キヨシくんという、成績が劣悪で運動が苦手な男子がいた。
 しかし彼はクラスでただ一人「AKIRA」に傾倒しており、ファミコン版AKIRAを俺に貸してくれたりした。難解で誰も遊ばなかった光栄の歴史ゲームを持っていたりもした。
 公営団地の一室にある彼の薄暗い部屋は、怪しいコミックやゲームで溢れ返っており、俺はよくそこへ遊びに行ったものだ。
 キヨシくんのほうも、俺の家にもよく遊びにきた。
 そしてときおり、俺のファミコンカセットを無断で持ち帰ったりした。

 小学校を卒業して俺たちは別々の中学になり、キヨシくんは学校からドロップアウトして不良になった。
 ある日、唐突にキヨシくんが見知らぬ不良仲間を連れて俺の家に訪れ「ゼルダの伝説持ってるだろ? 貸してくれねえか」とタダ貸しを要求してきた。
「タダ貸し」というのは、何の対価もなくゲームソフトを貸し与えることを指す。
 当時、俺たちの間におけるソフトの貸し借りは「新作1本は旧作3本で貸す」というような独自のレーティングに沿って行われており「タダ貸し」というものは基本的にはありえなかった。
 それはよっぽど仲の良い友人にのみ許される信頼の証であった。
 茶髪の不良仲間を背景にして強要していいものではなかった。

 俺が「あのソフトはなくしたんだ」と嘘をいうと、彼は黙ったまま、なぜかガシャポンのカプセルを取り出して玄関先に落とし、思い切り足で踏み割った。
 そうして粉々になったプラスチックを残して彼らは帰っていき、その後二度と会うことはなかった。
 力を求めし乾いた魂。
 かつて間違いなく大事な友達だったはずなのだけれど、どこかで俺たちの道は違ってしまった。
 クラスで蛇蝎のごとく嫌われていたキヨシくんは俺の中ではカオスヒーローだった。
 友情とか、恐怖とか、欲望とか、憎悪とか、劣等感、親近感、優越感。
 そんなものが合わせ混じった、混沌たる少年時代を象徴するのが彼だった。


 ナミオカくんという、頭もよくスポーツもできるクラスの人気者がいた。
 クラスの委員長をしており、明るく爽やかな男子だった。
 そんな彼の家はまさに豪邸で、広間の吹き抜けに大きな階段があり、居間にはグランドピアノとかが置いてあった。
 俺はよく彼の家でクレイジークライマーやテトリスを遊んだ。
 ある日ナミオカくんが俺に「力(ちから)テクニック組に入らないか」と持ちかけてきた。
 ちからてくにっくぐみ、という和洋混淆きわまりない素敵な言葉の響きに魅せられた俺は、よく意味もわからずうなずいた。
 ナミオカくんはノートの紙片に彼らしい几帳面な文字で

  イノウエ
   力:8
   テクニック:2
   スピード:2



 などと記載し「組員証だよ」といって渡してくれた。なんだかよくわからないが、俺は自分のテクニックが「2」だということを初めて知った。当時から俺はデブだったためか、力は「8」とわりあい高く評価されたらしい。
 そんな感じで、彼は組員を何人も増やし、その力やテクニックを独断で決定していった。
 お調子者のヨウヘイくんなどは「力1・テクニック1・スピード2」と評価され、それでもナミオカくんに卑屈な笑みを見せていた。

 ちなみにナミオカくんの力とテクニックとスピードは、すべて10だった。
 すなわち彼は完璧なる人であり、神か、あるいは神の子に等しい存在なのだった。

 彼は彼の秩序に従って、彼の王国をクラスの中に築こうとしたのだと思う。
 力とテクニックとスピードという聖なる三位一体が支配する、偉大なる千年王国。
 だからナミオカくんは、神に捧げられし魂だ。
 すなわちロウヒーローなのだと思う。

 彼には小学校を卒業して以来、一度も会っていない。
 きっと今ごろは、サマリカームの一つも使えるようになっていることだろう。



 もうピクシーはディアを唱えられないぐらい疲弊している。
 気づけば法も混沌も既になく、中立でも善でも悪でもない俺がいる。
 法と混沌を載せた秤からひどく大事なものをこぼれ落としてきたような思いに駆られながら、俺はピクシーをそっと端末内に戻す。
 残りのマグネタイトはわずかしかない。

 悪魔がこの世に存在するためには、生体マグネタイトが必要となる。
 これは俺たちの怒りや喜び、悲しみといった諸々の感情から生まれる不思議エネルギー体であり、悪魔召喚プログラムはこれを蓄積することができる。他の悪魔や人間を殺すことで。

 俺が生来持っていたマグネタイトは、もう少しで尽きる。
 マグネタイトがなければ、悪魔はこの世界に留まってはいられない。
 やがてピクシーは己の生命力をすり減らし、最後には永遠に俺の前から消え去ってしまうだろう。

 ただ俺は、ピクシーに癒されたかっただけなのに。
 ピクシーのため、マグネタイトを奪うために、いずれ俺は誰かを殺すのだろうか。


 仕事の帰り、俺は気分転換のため馴染みの邪教の館に立ち寄る。
 俺の仲魔はピクシーだけなので、悪魔合体はできないのだが。
 いつもの真っ青な貫頭衣に身を包んだ邪教の親父は「最近、悪魔を合体させる機会が少なくてね」とぼやきながら、溶液で薄汚れた合成槽を洗っている。
 疲れていたのだろう、俺は「いっそ俺自身がピクシーと合体できないか」と親父に訊いてみる。
 親父は厳格な表情を浮かべ、だめだよ、と首を振る。

「あんたは合体できないよ」

 なぜか確信に満ちた口調で、そんなことをいう。

「たぶん誰とも、なんであっても一緒になれないと思うよ」

 俺は邪教の館を後にして家路につく。

 傍らにはピクシーを召喚している。
 なにかをさせるでもなく、ただそこに在るためだけに。
 一歩ずつ家に近づくたびに滑り落ちる砂時計のように減っていくマグネタイトを見ながら、それが尽きるまでに答えを出さなければ、と俺はぼんやり考え、歩いている。

同人誌・ありがたいこと

2010/02/07

 ちょこちょこ委託をお願いしてるCOMIC ZINさんにて、サイバーパンカーを熱く紹介いただく。
 うおお……。
 ありがとうございます。
 この本をつくるときの大前提は「あんまり真面目にやるとどっかの偉い人に怒られるかもしれんから、法の死角をつく感じで」だったことはぜったいに言えない。言えやしない。


 あと今さらながら天下のアキバBlogさんに「鎧YEAR」をご紹介いただく。
 うおお……。
 ありがとうございます。
 サカモチさんのアーダン漫画が見所として掲載されてて嬉しい限り。
 ZINさんがどさくさ紛れに「冬コミ新刊特集!」の中に混ぜて売っていますが、華麗に見て見ぬふりでお願いします(鎧YEARは一昨年前の本)


 「サイバーパンカー」は個人的にいろいろ思い出深い本になりました。
 毎日遅くに仕事から帰ってきて、膨大な原稿を校正して、版組を作るtigerbutterとケンカすれすれのところで議論して……というのはキツかったけど楽しかった。
 なによりゲストの人々に助けられ、背中を押してもらった部分が多かった。
 以下……同人誌の掲載順に書きますけれど。

 深見真さんなんて、なんというか現代の少年少女たちにギンギンに影響を与え続けているアクション小説界の超新星的な人が、年末の死ぬほど多忙な時期に書いてくれたんですよ。
 それもひときわアホなことを。どれだけ拷問が好きなんだ。
 感激ですよ。

 前回「.in」の表紙を描いてくれた庭さんなど、ファミ通文庫の挿絵を描いているようなお人ですよ。
 本当に生きているのがつらくなるような可愛いイラストなんですよ。
 いいのか? たぶんいいんだ。同人誌だから!

 V林田さん、冬蜂青年、yama-gatさんに至っては、今回相当難渋したと思うんですよ。
 俺のようになんのしがらみもない人間と違って、SFに携わる者としてかなり悩んで、苦労して書いてくれたのがひしひしと伝わるんですよ。
 ヤスさんもそうだけど、普通に考えたら知能というか知識のパラメータが俺のような一般常識に欠けたような人間とは段違いの人たちがこんなにも力を尽くしてくれる。
 その気迫に恐れおののき、俺自身の「わかってなさ」みたいなものをいつも痛感しつつも、ひれ伏して感謝せざるを得ません。

 サカモチさんは毎回商業誌レベルの漫画を描いてくれるんだけど、この人、締め切りの何ヶ月も前に、真っ先に描いてくれるんだよ。
 俺と同様かそれ以上に忙しいだろうに、ほんと、なんだよ。なんなんだよ。
 そんなことされたら、がんばるしかねえじゃねえか……!

 K(仮称)さんなんて、オタクネット界のアイドル的存在であろう方が、ギリギリまで頑張って書いてくれているわけですよ。
 飲み会の時とかにひたすらモダン・ウォーフェア2のマルチプレイのナレーション「チームデスマッチ」「ドミネーション」とかのモノマネを延々とやってる場合じゃないですよ。
 ましてや「エッツィオ!」「エッッチオ!」などとレオナルド(CV:森川智之)の擬態をしている場合でもないですよ!

 読んでくれた人ならわかると思いますが、スーパーログは労力をかけすぎなんですよ。
 軽く頼んだわりに、毎回異常な悪ふざけをぶち込んで来るんです。
 胸が熱くなるとか、そんなどころじゃないんですよ。
 このあたりで「今回は、かつてないすごい本になる」と確信したのでした。

 ヒライも、とてつもない理想とこだわりをもって寄稿してるんですよ。
 これは俺にしかわからんことなんですけど、奴の原稿、誤字や脱字の類がひとつもないんですよ。たぶん今まで、一回も。
 友達が遊びで出す同人誌に、ゲストとして「お客さん」みたいなノリで気軽に書くようなレベルの原稿じゃないんですわ。
 同人誌の中でオレが一番すげえこと書いてやる、っていう殺気があるんですよ。

 間宮さんとスズキトモユさんに至っては、とうとう創作ですよ。創作。
 なんと小説を書いてくれたんですよ。
 生半可な覚悟じゃ書けないですよ。サイバーパンクをテーマに謳った本で。
 俺も手前で書いたからわかるけど、これまた気軽にはできないことをやってくれて、本当に俺は嬉しかったんですよ。

 あと、もはやなんでもないことのように普通に活字の本を出してるけど、相方のtigerbutterが病的なこだわりでマッキントッシュの高価な専用ソフトを使ってプロの技術でDTPやってるんですよ。
 同人誌のくせに同人誌くさくない、他のテキスト系の本と一線を画すためにものすごい労力を費やしてるんですよ。
 きっと、これも俺にしかわかりません。
 だってあの人、俺にだけそういうことしつこくいうから……。


 全員のことを書くとたいへんなことになるんで、このへんでやめますが。

 実はサイバーパンクなどという乾いててクールな感じのテーマの本でありながら、かなり湿り気のある私情を交えていて、個人的にはちょっと泣けてくるぐらいの愛とか優しさとか、苦悩とか、そういった想いが寄り集まって暑苦しくつくられてたんだよ実は、という話でした。


 うお、私的すぎる。 ワタクシすぎる我々。
 恥ずかしいこと書いた。われながら。
 もう、こんな恥ずかしいことは二度と書きませんし実際に会っても言いません。

夜中に書く日記

2010/02/04

 仕事で深夜に帰ってきて、明日着ていくワイシャツが一着もないことに気づいて洗濯をしており、その合間に書かれている文章がこれだ。
 洗濯はまだ終わらない。

 仕事について。
 例によって蟹の籠をどうこうするアレなのだけれど、今やっているのはもういい加減古くなってきた籠の副槽増設に関する作業で、早い話が蟹のブリーダーとか籠のメーカーの間に立ち、いい具合に板挟みになって煩悶するというすばらしい仕事だ。

 正直、疲れる。
 もはや疲れていない状態が思い出せないほどに、疲れ果てている。
 だからもういいじゃねえか、と思う。
 蟹とか籠とか、もうどうだっていいだろう。
 蟹なぞ死ねばいいし、籠は全部爆破すればいい。
 すべての蟹籠の温度設定をいじって、循環機構に味噌とかポン酢をぶち込んで、冬はやっぱり鍋に限るよね的な事態になればいい。

 そんなことを人知れず妄想しながら仕事を終え、雪の降るなか暗い夜道を歩いていると、どこからともなく小学生ぐらいの子どもが十数人ぐらい現れて、一斉に俺を取り囲む。

 なんだこれ。
 まさか、オヤジ狩りというやつなのだろうか。
 子どもたちは薄ら笑いを浮かべながら困惑する俺を見つめている。
 やがてポケットから小さななにかを取り出し、一斉に俺に投げつけてくる。

 豆だった。
 それも、おそろしいことに納豆を投げつけてきたのだった。その香りと粘り具合からして、わざわざ納豆醤油とカラシを入れて念入りにかき混ぜた水戸納豆を投擲されていた。
 そういえば今日は節分の日であり、なにやら荒んだことを考えていた俺は、この世の鬼という役回りなのだった。
 ひとしきり俺に豆を投げつけて満足したのか、子どもたちは三々五々に散っていき、雪と納豆にまみれた俺が残る。

 と、思っていたら、まるで雪ん子のような可愛らしい白い服を着た女の子がひとり俺のそばに立っていて、彼女はそっと俺に近づいて手になにかを握らせてくる。
 それは大学ノートの切れ端で、小さく「鬼 は Get out here now」などと和洋折衷っぽい言葉が書かれており、その揺るぎない排撃の意志が力強く伝わってくる。
 雪の精のようなあの娘はもうどこにもおらず、そこには本当に俺だけが残される。
 具体的には発酵した豆やら、腐った大人、あと溶けかけた雪とか、まあそんなような、マジでどうしようもないものだけが残っている。

 俺は誰にも見られないようにして少しだけ泣き、帰宅する。
 鬼の目にも涙。
 たまにはそういうこともある。
 あってもいいじゃねえか、と俺は思い、そうだやはり蟹籠とか爆裂四散しろ、と投げやりに強く願う。


 洗濯はまだ終わっていない。
 すごく眠い。
 けれど洗濯が終わらないので床に就くこともできず、ただここで、こうしている。
 真夜中にもかかわらず洗濯機はすごい音を立ててドラムを回転させており、変色したワイシャツの脱水に余念がない。


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