レッド・デッド・リデンプション

2010/10/25

 レッド・デッド・リデンプションおもしれえー。
 とにかくいろいろ詰め込まれていて、めまいがする楽しさ。
 広大すぎる荒野のウェスタンを思うさま右往左往するゲームですが、開始一時間で西部の厳しさを一通り堪能できます。
 俺が遭遇したのは以下のようなケース。

●荒野のイベントその1「わたしを町につれてって」
「おーい、すまんが町まで乗せてってくれ」という男がいたので、やれやれしょうがないなーと馬を止めた途端、ものすごい勢いで引きずり落とされ、馬を奪われ「あばよ!間抜け野郎!」と乗り逃げされました。
 とりあえず冷静に背後から射殺することで事なきを得ましたが、それ以来「乗せてってくれ」という奴には問答無用で銃弾という名の天国行きチケットをプレゼントすることにしています。

●荒野のイベントその2「町の中で安心できるのは和製RPGだけ」
 町の中に入って一安心していたら、いきなり馬に乗ったギャング団が町に踊りこんできて撃ち殺されました。
 たとえ町の中でも安心できない。それが荒野のクオリティ。
 あと、往来のまっただ中で、男が娼婦に馬乗りになって刺し殺してました。怖いよ!
 この町には、死と暴力しかない。

●荒野のイベントその3「女性を助けるは紳士のつとめ」
 馬車が壊れたらしく、女性が「助けてくださらない?」と言っているので、やれやれしょうがないなー、拙者の荒馬をご所望かね?と下品なジョークを交えながら馬を止めた途端、馬車の陰から現れる大勢の荒くれたち。美人局かよ!
 ものすごい勢いで撃ち殺されました。
 以後、助けを求める女性の近くに馬車があった場合は火炎瓶を投げつけることにしています。

●荒野のイベントその4「夕食を一緒にいかがかね」
 テントを張ってキャンプしている旅人らしき人が「おーい、食べ物を持ってないかね」というので、近づいてみると、なぜか縛り上げられた男が横たわっており、あたり一面に人骨が散らばっています。
 え、どういうこと? と状況が理解できないうちにいきなり襲いかかってくる旅人らしき人。
 要するに彼は道行く者を殺しては、もりもりと人肉を食していたのでした。怖いよ! 
 よく見ると生首や手足とかも生々しく散らばってます。よく規制されなかったなー。


……といった殺伐としたウェスタン的イベントがランダム発生で日常的に起こります。
 長いことやってゲームに慣れても、油断すると即死するので常に気を抜けません。
 遊んでいるとひどく心がささくれ立ってくる、すばらしいゲームです。

 雄大な自然が美しく、愛馬に乗って駆けているだけでも楽しい。
 あと野生動物がたくさんいて、狩りを楽しめるのもよいです。
 例によって油断すると死にますが。
 狼に食い殺されたり、猪に突き殺されるのも慣れっこになりました。

 最近はひとしきり善行を積んで有名人となり、町の人がたいていのことを大目に見てくれるようになったので、理由もなく町の人を荒縄で縛り上げまくるプレイに興じています。
 あるいは馬に乗りながら縄で人を引きずり、バック・トゥ・ザ・フューチャーpartIIIにおけるビフの先祖プレイをたしなむ日々。(そして最後は肥溜めに突っ込む)

食べ物の力について

2010/10/07

 最近はよく再放送のアニメ「美味しんぼ」を観ている。
 富井副部長のウザさとか、快楽亭ブラックのインチキ臭いしゃべりとか、おめかしした栗田さん(頭にバカでかいリボンをつけていた)など見所は尽きないのだが、まあとにかくどの話にも共通するのは「美味い食べ物があらゆる揉め事を解決する」ということだ。

 世の中の揉め事はすべて不味い食べ物が発端であり、それを解決するのは美味い食べ物。
 「美味しんぼ」の物語は、多かれ少なかれそういう原理が貫かれている。
 家庭の不和も食い物のせいだし、子供がグレるのも、スポーツ選手の不調も、会社間のトラブルも食い物のせいだ。
 そして美味しい食べ物はすべてを解決する。

 ふと漫画「孤独のグルメ」における、あるシーンを思い出す。
 主人公のゴローが、定食屋に入ってメシを食べるが、その眼前で店主が店員(中国人)に怒鳴り散らしている。
 ゴローは店主に向かって「あなたのおかげでメシが美味くない(食えない)」的なことを言い、激昂した店主はゴローに殴りかかるが、逆にゴローは謎の体術で店主の関節を極める。
 そこへ、さっきまで怒られていた中国人が「それ以上いけない」とゴローを制止する。
 うろ覚えだが、そんなようなシーンがあった。

 要するに、いくら美味しかろうが食べ物はなにも解決しない。
 食べ物を味わう以前の問題というやつが、そこには厳然と存在する。
 食ったメシは美味くても、ただそれだけ。
 仕事の調子が上向くわけでもないし、恋人が戻ってくるわけでもない。
 そういう食べ物の無力さを描いているという点で「美味しんぼ」とは正反対だなと思う。
 
 「美味しんぼ」の破天荒さは嫌いじゃないし、「孤独のグルメ」のリアルさも悪くない。
 ただ、実のところ美味しい食べ物にこだわりもなく、世界の珍味も食べたこともなく、独身男性の貧相な食生活を絵に描いたような感じで生きている俺としては、まあ正直どちらでもいい。
 食い物が万能であろうと、そうでなかろうと、どちらでもいいのだ。
 そんな投げやりで、どっちつかずの結論でいいのか。
 いいのだ。

 美味しい食べ物というのは幸福に似ている。
 不味い食べ物を特に不味いと思わない人間は、果たして幸福なのか不幸なのか。
 つまるところそういうことなので、わざわざここまで読んだ人には申し訳ないと思うのだけれど、実はこれ、そういう心底どうでもいい話なのだ。
 サービス残業を終えて深夜に帰ってきたお疲れ社会人が書くような話は、たいていそんなようなものだ。


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