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新宿駅の人々

2012/01/17

 新宿駅における一日の利用者数は三百四十万人以上らしいです。
 ものすごい数です。
 これはギネスブックにも載っている記録とのこと。

 俺は毎日、通勤がてらその世界一の人混みっぷりを堪能しているわけですが、さすがにこれだけ人が集まる場所なだけあって、色んな人を見かけます。
 新年が始まってけっこう経ちますがあまり書くこともないので、三人ばかり印象深かった人たちのことを書きたいと思います。


 一人目は敦盛親父です。
 本名はわからないので、これは俺が勝手につけたニックネームです。どういう人かというと、駅のホームやら電車の中でひたすら敦盛を舞っている男性です。
 スーツ姿でかなり頭髪が薄い、おそらく定年間近と思われる年配の方ですが、その舞いにはただならぬキレがあります。
 初めて彼を見かけたとき、俺は思わず声をかけてしまいました。
 かけずにはいられませんでした。

「人生、五十年ですか」

 明らかに五十歳を超えている彼は、その矛盾を気にするふうでもなく、前後に円を描くような優雅な動きを一時も止めずに答えました。

「ええ、夢幻の如くですよ」

 それ以来、見かけるたびになんとなくひと言かふた言、言葉を交わすようになりました。
 敦盛の動きを邪魔しないように若干距離をとって「どうですか、景気は」「ぼちぼちですね」みたいな毒にも薬にもならない話をします。
 ある日、敦盛親父の動きが妙に鈍く、その所作の端々にどうも迷いのようなものがあるように思えたので、どうしたのですか、と声をかけました。

「ちょっとね、自信がなくなってきてしまったんですよ」

 少しだけ目を伏せながら(でも動きは止めずにせわしなく)彼は言いました。

「私はこのまま、ただ敦盛を舞っていてもいいのだろうか、と」

 俺はそっと彼の肩を叩こうとして、しかし敦盛の足運びを邪魔しそうで怖かったので手を引っ込めつつ言いました。

「いいんじゃないですか。どうせ人生、五十年」

 我ながらとてつもなく無責任な言葉でしたが、彼の動きは少しだけ精彩を取り戻したように思えました。


 二人目は、バナナBOYです。
 これも俺が勝手につけた名前ですが、読んで字のごとく、なぜか右手に大きなバナナを持った中年男性で、毎朝必ず決まった場所ですれ違うのです。
 中年なのにBOYなのは、彼がなんとなく少年のような目をしていると思ったからです。
 あと「バナナ中年」だとか「バナナ男」などと表記すると、なにやら犯罪的な香りがするので少し考慮した、という事情もあります。

 彼については、話しかけたことなどもないのであまり語ることは多くありません。
 毎日、なぜか必ずバナナを持っている。
 ただそれだけの人です。
 しかしそのバナナの皮がむかれていることはなく、どうも食用ではないのではなかろうか……とも思うのですが、その真相はわかりません。

 ただ以前に一度、すれ違うときに肩がぶつかり、彼がバナナを落としたことがありました。
 なんと彼は気づかずにそのまま行ってしまいそうになったので、俺はあわててバナナを拾い上げ「あ、ちょっと、落としましたよバナナ!」と思わず大声を出しました。
 ふり返った彼は、少し恥ずかしそうにはにかみながら礼の言葉をつぶやき、バナナを受け取って歩み去って行きました。
 そのときだけ、なぜか彼は両手にバナナを持っていました。
 俺はたしかに見ました。あのとき、奴はたしかにダブルバナナBOYでした。


 三人目は、つい最近見かけた天狗青年です。
 一見、普通の服装をした変哲もない若者なのですが、二十センチはあろうかという高下駄を履いているのです。それも超不安定そうな一本歯の下駄です。

 俺は彼を一目見るなり「さては天狗か」と思いました。
 そして自動的に「さあて、ほかにはどのあたりが天狗なのやら」などという下品なジョークと、キノピオの鼻と天狗の鼻を巧みに用いたさらにゲスいジョークを思いつきましたが、ここでは割愛します。

 彼の顔をそっと盗み見ると、それほど天狗になっている顔つきではありません。
 むしろ謙虚そうな……今流行の草食系と称してもよさそうな優しげな容貌です。
 しかし高下駄を履いているため、シークレットブーツ効果でものすごい背の高さです。電車の中で、周囲の集団から完全に頭ひとつ抜け出ていました。
 かなり目立っているのですが、青年はなにを気にするでもなく、ただ超然とたたずんでいました。
 その落ち着きぶりはただものではなく、やはり天狗なのかもしれぬ、と俺は思いました。
 あるいは、もしやインモラル天狗なのかもしれぬ、とまで考えました。
 インモラル天狗とは読んで字のごとくモラルに欠けた天狗、すなわち「もっとも危ない天狗」を意味します。その昔、しこたま酒に酔ったときに俺が考えだした勝手な造語であり、空想上の生物です。

 あれこれ想像しているうちに電車は地元の駅に着き、俺はホームに降りたのですが、なんと天狗青年も同じくホームに降り立ちました。
 まさか同じ街に住んでいたとは……。
 いや、住んでいるのかどうかは実際わかりませんが、なにやら運命的なものを感じました。
 これが天狗ディスティニーか。
 むしろインモラル天狗ディスティニーか、と思いました。
 戦慄して立ちすくむ俺を尻目に、彼はかつ、かつ、と音高く下駄の音を響かせて夜の街に消えました。


 ええ、そういうわけで最後の最後になんの脈絡も恥じらいもなく同人誌の宣伝なのですが、昨年の文学フリマとコミケに出した「HexaSprite」「でぶめも」の二冊がCOMIC ZIN様にて通販開始しております。
 それなりに味わい深くなくもないともっぱらの評判ですので、なにやらインモラルなディスティニーを一方的にフィールした方は、どうぞよろしくお願いします。
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百万円もらえる夢

2012/01/06

 初夢の話をしよう。

 夢の中で、俺はふわふわした空間にいた。
 あのいかにも夢っぽい、いろいろなものがあやふやなところに俺はいた。
 座っているでも立っているでもなく、ただそこに存在していた。
 そこへ、誰かの声が聞こえた。

「おまえにお年玉をやろう」

 頭の上のほうから響いてきたその声はとても重々しく荘厳で、なんとなく俺は「あ、これは神の声だな」と思った。もちろん本当のところがどうなのかはわからない。そもそもが夢の中の話だ。

「ください、お年玉」
 俺は反射的に答えていた。
「でもおまえ、もう三十路超えてるし、お年玉って歳じゃないよな……」
 そんな言葉とともに声が遠ざかっていったので「いやいや、そこをなんとか!」などと俺は叫び、心から嘆願した。
「……仕方がないな」
 面倒くさげに声が戻ってきて、告げた。

「では、おまえが今までの人生で心の底から絶望した回数×一万円だけお年玉をやろう」

 ひどくいやなお年玉の算定方法だった。
 そもそも俺はそんなにしょっちゅう絶望なんかしちゃいない。
 あったとしても、一回か、二回か……。
 というか「心の底から絶望」なんて、ひょっとしたら人生で一度も経験してないんじゃないだろうか。

「えーと、ちょうど百回だから、百万円だな」
「えっ!」


 俺は驚いた。
 そんなにたくさん深く絶望した記憶など、とんとないのだが……。

「人間はいくら深く絶望してみても、たいてい都合よく忘れるからな。あるいは無意識に目をそむけたりな。そういうので隠れてるのを全部カウントしたら、たいていこういう数字になるもんよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんよ」

 そういうものらしかった。

 しかし、百万円か。
 いいのだろうか、そんな大金をもらってしまって。
「いいんじゃねえの」
 だいぶくだけた口調でその声の主は告げた。
「おまえの絶望なんて、しょせんそんな程度の価値だよ」
 言葉の意味はよくわからなかったが、わからないなりに俺は少し傷ついた。
 その、ほんのちょっとした心の痛みで目がさめた。

 驚いたことに、枕元には百万円とおぼしき札束が置いてあった。
 マジかよ。
 すげえ。
 なにに使おう。
 ゲーム、漫画、アニメ、音楽、パソコン、車、旅行……。

 そのとき、かたわらの携帯電話に着信があり、バイブレーションによって小刻みな振動音を立てた。
 実家の父親からだった。
 電話に出ると、やたらと語尾のアクセントの強い馴染みの声が聞こえた。
 元気そうに聞こえるが、ときおり大きな疲れと老いを滲ませる声。

 とても長い世間話のあと、彼はおずおずと本題に入った。
 父親の用事は、一言で言えば金の無心だった。
 近日中になんとか百万円用意できないと、首をくくるしかない。
 簡単にまとめると、そういうような話だった。

 百万円。
 百万円か。

 俺はできるだけ優しく聞こえるように、注意深く声を出した。
 わかった。
 百万円はなんとかなるから、冗談でも死ぬとか言わないでくれ。
 とりあえず生きてくれ、頼むから。
 何度も何度も礼の言葉を繰り返す携帯電話をオフにした。

 そういう次第で、お年玉の用途は決まった。
 親孝行だ。
 いきなり降ってわいた金の使い道なんざしょせんそんな程度のものだし、人生における絶望とやらの対価の使い道にしては、むしろ上等とさえ言えた。
 心にわだかまっていた数式の中に一つの等号が書き込まれたような気がして、俺は奇妙な安堵をおぼえた。




……という、びっくりするぐらい現実感のない初夢を見ました。
 今年もよろしくお願いします。


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