気付かなかった愛のこと

2006/12/15

 例によって蟹の番をしていたときのことだ。
 冬らしく寒い晩で、シフトの相方はマリー姐さんだった。
 マリー姐さんが蟹用捕獲網を分解掃除しながら、俺の方を見るでもなくつまらなそうに言った。

「私ね、あんたのこと好きだったのよ」
「え」

 とりあえず絶句するしかなかった。この職場においてマリー姐さんは年齢不詳の美女、あるいは美少女で通っていた。あきらかに俺より年下にしか見えないのだが、なぜか誰もが彼女のことを姐さんと呼ばわるのだった。
 そんなマリー姐さんが、実は俺のことを。

「マジですか」
「そう。さっきまでの話だけど」
「なんですか、さっきまでって」
「今から2分23秒前までは、私あなたのこと愛していたのよ」
「はあ」
「残念だったわね」

 なんだそれ。
 悔しがればいいのか悲しめばいいのか笑えばいいのか、それとも怒ればいいのか……俺にはわからず、とりあえず俺は態度を保留することにして会話を繋いだ。

「あのー、今はもう俺のこと、なんとも思ってないんですか」
「そうよ」
「なぜですか」
「私はツンデレだからね」

 意味がわからなかった。
 たぶんこの人は単にツンデレ言いたいだけなんだと思った。
 だんだん俺はどうでもよくなってきた。

「蟹圧が高いみたいなんで、ちょっと籠を見てきます」
「……そうね。お願い」

 俺たちは蟹を見張っている。毎日毎晩、籠の中の蟹を見張る。
 それが仕事だ。
 仕事だから、それなりにいろいろなことがある。
 蟹が逃げ出して徹夜で捕獲作業をしたり、老朽化した籠の修理交換に追われたり、蟹の破片が刺さって怪我をすることもある。
 知らぬうちに誰かに愛されてたりすることもある。
 それに気付かずに得てもいない愛を失っていることすらある。

 籠の確認を終えて管制室に戻ると、マリー姐さんは机につっぷして眠っていた。
 むにゃむにゃいいながら、気持ちよさそうに寝息を立てている。
 職務怠慢もいいところだった。
 舌打ちしつつ、俺は仮眠用の毛布を彼女の肩にかけてやった。その肩が思っていたより小さいことにうっかり気付いてしまい、俺は少しだけうろたえた。
関連記事


コメント

  1. 屁留 | URL | -

    気をつけて!
    マリー姐さんはきっとMIBの宇宙人みたく
    頭の中が操縦席。

  2. メンドーサ | URL | -

    日記から察するに最近お身体の具合が宜しくないようなので、ご自愛下さいませ。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://randamhexa.blog5.fc2.com/tb.php/138-d304a69e
この記事へのトラックバック


RECENT ENTRY