蟹の神

2007/11/16

 俺は蟹が好きでも嫌いでもない。
 だから、この仕事を長くやっていられるのだろうと思う。
 俺の人生の大半がカゴいっぱいの蟹を眺める行為で出来ているとしても、それは好き嫌いとは別の話だ。

 あんまり蟹に思い入れを抱きすぎると、たいていろくなことにならない。
 一昨日の夜間勤務において、後輩のジョンス君が蟹の群れを見やりつつ突然、

「天国ってあるんですかね。蟹の」

 などと言い出したとき、俺は「あー、うんハイハイ」とか何とか言いながらジョンス君が蟹が好きでこの職業を選んだことを思い出した。

「ハイハイ、蟹の天国ね」
「あるといいですよね」
「そうかな……そんなもんあってもなあ……。蟹ばっかりなんだろ」
「ええ。きっと善い蟹で溢れかえっているんですよ」
「それなら、そこのカゴの中はすでに蟹天国じゃないか」
「え」

 ジョンス君はカゴを凝視する。
 カゴの中で無数にうごめく蟹。楽しそうにも見える。苦しそうにも見える。
 ジョンス君は首を振る。

「いや、きっとここには悪い蟹も混じっています。天国じゃあない」
「悪い蟹ってなんだ。そもそも蟹に善い悪いってあるのか」
「ありますよ。罪にまみれた悪い蟹もいるはずです」
「えー……」

 俺もジョンス君と同じようにカゴの中の蟹を見る。
 飽きもせず縦に横にとせわしなく小刻みに動いている。元気いっぱいにも見える。疲れているようにも見える。

「いやいや、こいつらに罪なんかねえだろ」
「それを断じることができるのは……神だけですよ」
「蟹の?」
「……ええ、蟹の神」

 とうとう神などと言い出したジョンス君に対し、俺は投げやりに言った。

「じゃあ、お前がやれば。神」
「えっ!……い、いいんですかね」
「いいっていいって」

 俺の口調は果てしなく軽い。
 対照的に、ジョンス君の表情は重い。無駄なほどに深刻な顔だ。
 かなり悩んだ末、ジョンス君は決断した。

「それじゃあ、やろうかな。蟹の神」
「うんうん。今後、履歴書とかにも書いていいよ」

 蟹神様の誕生である。
 俺はもしかしたら、すごい瞬間に立ち会ったのかもしれないが眠かったのでわりとどうでも良かった。

「でも、神って……具体的に何をしたらいいんですかね」
「……さあ……とりあえず見守ってればいいんじゃないか。蟹たちを」
「はあ……そりゃかまわないですけど。蟹、好きだし」
「あとは罪を赦したりするんだろ。蟹の」
「ああ、そうでした。もちろんぜんぶ赦します」

 こうしてすべての蟹は罪を赦され、もれなく蟹天国に行けることになった。
 眠くてよくおぼえていないが。
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一度やってみたかったこの企画(?)に参加してみたいと思ったわけですが、規定は特にナシ、と書いてあった気がしますので、選ぶにあたっての上限(5つ)とかそういうのは全部無視して、徹底的に印象に残ったエントリを選びまくります!で、はてなダイアリのやつが多いんで



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