アマガミその7

2009/05/23

 ここんところ、なんかずっとアマガミの話で恐縮です。
 まあぶっちゃけた話、アマガミ以外の能動的活動をなんら行ってないんだけどな!

 具体的には、ことあるごとにソドミーな空間と化す校舎裏のポンプ小屋にて、いろんなものを汲み上げている毎日。
 それすなわちハードコアポンピングアクションであり、我らが変態紳士・橘卿への畏敬の念は強まるばかりだ。(もはや、うかつに”くん”付けなどでは呼べない)

 橘さんのすごいところは、恐るべき変態YAROUと、常識的ラブコメ人とのバランスがぎりぎりのところで保たれている点だと思う。
 真女神転生的にいうところの「愛の下に選ばれし者が集う清く正しいラブコメか、肉欲に狂った者共が饗宴する戦慄のソドムか……汝の天秤に二つをのせ、こぼれおとさぬようあゆむがよい」的な感じで、うまいことニュートラル道を進んでマサカド様から最強武具をもらえる気がします。というか、いろいろこぼれ落としているような気もします。

 気がつけば、もう50~60時間かそれ以上はプレイし続けている。
 ときおり俺と橘さんが一体となったかのようなシンクロ感が得られるほどに俺はアマガミの世界に没入している。

 とある隠しキャラがらみのイベントで、橘さんが言い放った言葉に不覚にも涙ぐんでしまった。
 橘さんを想うあまり卑劣な行為に及んだその娘に向かって、彼はおだやかにいった。

「僕は……どんなに叶わなそうな相手でも、もしかすると馬鹿にされる事があっても、好きになる相手は自分で選ぶよ」



 そうだ。
 それは橘さんの、そして、きっと俺の……もしかしたら俺たちギャルゲーマー全員の言葉だ。
 俺たちが夜な夜な暗い部屋でコントローラーを握り、延々と選択と失敗を繰り返しながらも意中の娘と添い遂げんとする強い意思に満ちた言葉だ。
 ゲームのキャラクターとの恋愛は難しい。
 なぜならそれは現実ではないからだ。
 俺たちはけっしてモニタの向こう側には行けないからだ。
 温かくまばゆい虚構の世界に比して、なぜ現実はこんなにも惨めで寒いのか――俺たちはいつだってその苦悩と戦ってきた。
 計り知れない数の諦念あるいは葛藤が、生まれては消える。
 しかし、これからも、ずっとずっと戦い続けるのだろう。まぎれもない己の意思で。

 俺はアマガミをプレイしている間、心の中でずっとモニタの向こう側に手を伸ばしていた。それはなんとも、みっともないとしかいいようのないものだったけれど、俺はあがいた。あがくのをやめられなかった。
 それほどにアマガミの世界はまばゆくて、俺の心をとらえて放さない。
 そしてプレイ時間が数十時間を超えたあるとき、向こう側にいる橘さんが、俺に向かって手を差し伸べてくれた、ように思う。

 そのとき俺と橘さんの魂はたしかに合一し、今まで添い遂げてきたヒロインたちすべても一つとなり、天と地と人が俺であり橘さんであり娘たちであり、つまりはそれがアマガミだ。
 アマガミ=天神すなわちアマツカミであり、はるか遠く高天原より、その名が示す神々が舞いおりし場所に土地が生まれ、やがて人が生まれ、国が生まれ、そして今日の繁栄が始まるのだろう。
 そして俺はみゃーといっしょに押入れプラネタリウムに入り、夜空に浮かぶミルキーウェイを未来永劫観測する。



 多少話がそれたが、とにかくアマガミはギャルゲー史上に残る傑作だ。
 キャラクターや絵の好き嫌いはあろうが、偶発性を廃しているにもかかわらず「ゲーム」としてのおもしろさを損ねない画期的なシステムは絶賛するしかない。エンターブレインすごい。

 あとアマガミのすべてを極めたようなことを書きましたが、クリスマスデートをブッキングさせると見れるという鬱エンディング群をまだ見てません。
 どれもこれも非常に痛々しいと評判なので、そこまでやるかどうかまだ迷ってますが……けっきょくやるんだろうなー。
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