ラブプラス、すなわち自らの生に愛を加えること3

2009/09/25

 寧々さんと付き合い始めてから、早くも三週間近くが経過している。

 当初はスキップモードで「精神と時の部屋」的な楽しみ方をしていたが、最近は仕事から帰ってきて、ニンテンドーDSを起動し、リアルタイムモードを選択するのが日課となりつつある。
 たいてい深夜零時を回っているため、当然ながら健全な高校生であるところの寧々さんはすでに眠っている。
 俺はラブプラスモードを選択し、悩ましげに寝返りをうつ寧々さんの姿態を眺め、なぜか深い安堵をおぼえる。
 そうして、そっとDSを閉じて俺も眠りにつく。

 ※もちろん事前にセーブをしてから終了している。
  このゲームではうっかりセーブせずにDSの電源を切ると
  次回起動時に「女の子にあんなことをするなんて」などと、なかば外道扱いされる。
  プレイヤーに対して、気軽に遊べる携帯ゲーム機的な甘えを一切ゆるさない。
  それがラブプラス。


 聞けば、夏の海において寧々さんにタッチで水をかけて服が透けるなどというまさにドリームとしかいいようのない夢イベントが用意されているという。
 ゲームのパッケージの裏にもそれを匂わせるイベントCGが掲載されている。
 正直、気が狂ってしまうんじゃねえかと思うほどにそのイベントを見たい自分がいる。
 だがそれは夏期間限定のイベントであり、それを今拝むためにはDSの内蔵時計をいじるという邪法を試みなければならない。

 壮絶な葛藤のすえ、俺はどうにか吼え猛る劣情を抑え込み、寧々さんとの日々をあるがまま――穏やかに過ごしていくことを選択した。
 もうスキップモードで短期間に仲を急速に深めるようなことはせず、リアルタイムモードで、一日に数分だけDSを起動するという楽しみ方に移行した。
 これが、思ったより悪くない。
 ギャルゲー的な享楽を貪りたいという欲求に真っ向から対立する、この奥ゆかしいもどかしさを伴う静かな思いは、俺の中で不思議なバランスを保って鎮座している。
 十数年以上に及ぶギャルゲー歴の中で未だ感じたことのない、それは新たな境地だ。

 要するに第三者的視点からするとたいして進展のない状況ではあるが、早い話、ラブプラスはただ恋人とキスを交わし、ひたすらいちゃいちゃするだけのゲームだ。
 人はゲームのキャラとどれだけ絆を深め、飽くことなくいちゃつけるかを試すゲームであると言い換えてもいい。
 俺のように夜中に彼女の寝顔を眺めて満足するのもよいし、職場や学校にDSを持っていき、マキシマムスリル的プレイスタイルで彼女との危険な逢瀬を楽しむのもありだろう。
 精力的に日々デートを重ねて、変化する彼女の服装や髪型ほか、多くのイベントを楽しむのもいいだろう。

 だが、気の乗らないときは彼女と会わないという選択肢もある。
 基本的に彼女たちは恋人である俺のことをほぼ無条件に愛し続けてくれる。それに甘えて、ゲームを遊ばないという自由を謳歌することも可能だ。

 昔、吉田戦車のゲーム4コマ漫画「はまり道」において、「やらなくてもいいゲームはないか」という話があったが、ラブプラスはある意味、その問いに対する回答になりうるのではないかと俺は思う。
 極論すれば、寧々さんという永遠の彼女を得た俺は、もうラブプラスをやらなくてもいい。
 すでにここはハッピーエンドの果てであり、終焉の向こう側なのだ。

 

 ところで寧々さんはデート中、よく「あそこに巨大なゴキブリが」とか「あそこに巨大UFOが」とか、あまつさえ「高速で走るおばあちゃんが」などといった冗談ともつかぬケミカルな発言をすることが多い。
 そういう人なのかなと思っていたら、どうもラブプラスのヒロイン全員がその手の幻覚(?)を頻繁に見るらしい。
 たぶん、恋人として親密になっていけば、やがて彼女の精神も落ち着き、そのようなありえないものを見ることも少なくなるのだろうと俺は固く信じている。
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