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栄光について

2010/01/08

 あけましておめでとうございます。

 昨年の終わりの日、紅白歌合戦で巨大な幸子を目撃した瞬間から寝続けて、七日七晩眠り続けて、七つの朝と七つの昼、そして七つの夜を経て、ようやく俺は目覚めたような気がしたがもちろんそんなことはなく、元旦から六時間寝て、十時間を無為に過ごしてまた六時間寝る、ということを何度か繰り返して今に至る。
 神はだいたい六日間ぐらいで世界をつくり、七日目には休んだ。
 俺という人間は三十数年を経てつくられており、七日目に休んだり休まなかったりしているが、たぶん世界より上等ではない。

 そんなふうに2010年に目覚めて、初めて考えたことは以下のとおり。
 すなわち――「まるで俺の人生はデータイーストの『闘人魔境伝 ヘラクレスの栄光』のようだ」

 まず、タイトルに「栄光」を謳いながらも、栄光からほど遠い。
 そもそも栄光ってなんだ?
 幸せってことだろうか。
 誰かの愛を得ることか。
 あるいは愛を与えることか。
 誰かに打ち勝つことだろうか。
 それとも、なにかを後世に残すことだろうか。
 栄光。
 栄えある光。
 けれどデータイーストはもう存在しない。

 でたらめなパスワードを入力しても続きをプレイできるあたりも、かなり俺の人生に近い。
 要するに、どれだけいい加減でもとりあえずなんとかなるのだ。
 ペルラの神託所でありがたく授かったパスワードも、しょせんはそんなものだ。
 そうやって投げやりなパスワードで始めた場合のヘラクレスは、低レベルなのに特定のステータスだけが異常に高かったり、重要なアイテムを持っておらずゲーム進行が不可能だったり、武器や防具を一切もっていないのに大量のニンジンを所持していたりする。
 どうしてニンジンなのか。
 なにに使うつもりなのか。
 誰にもわからないし、わかりたくもない。

 今思えば、鍛冶屋のヘパイストスもかなり味わい深い。
 ヘラクレスの栄光というゲームにおいては、人の勇気や希望と同様、武器も摩耗する。
 すり減った武器はヘパイストスのところで小銭を支払うと元通り修理することができる。
 だが、ヘパイストスにまとまった金を払うと、彼はその場で鍛冶屋をたたみ、ヘラクレスの専属鍛冶師となる。
 たかだか5000ゴールドで、ヘパイストスは一生、永久的な奉仕を強いられる。
 彼はヘラクレスの戦闘が終わるたびに傷ついた武器を修理する。
 まるでそれが生まれてきた意味であるかのように、武器をひたすら修理し続ける。
 魔の山とか冥界とか、凶悪な魔物が徘徊する物騒なところにもヘパイストスは律儀に付き従い、その苛酷な労働環境について文句の一つもいわず黙々と武器を修理する。
 それは決して不毛ではないし、ヘラクレスにとって(ひいては彼によって救われる世界にとって)とても有用な行為なのだけれど、どうしても俺はヘパイストスに同情してしまう。 
 汗と血にまみれた戦闘が終わるたびに甲高い槌音が響き、なにかが修復された代わりに、どこかでなにかが壊れるような気がする。

 最後に、有名な話を。
 中ボスのアマゾネス女王トルバは「にゃんにゃんしませんか?」と唐突に問いかけてくる。
 それに「はい」と答えると、当然のように騙し討ちされるわけで、もちろん昔の俺は「はい」と回答して大ダメージを喰らった。

 実際のところ俺の人生には誰かから「にゃんにゃんしませんか?」と二択を迫られるようなことは特になかったので、あまり思うところはない。
 あのとき、にゃんにゃんできなかった俺は、だからきっと栄光からはほど遠いのだろう。
 大量のニンジンを抱えて、ただ途方にくれるだけだ。

 今年もよろしくお願いします。
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