夜中に書く日記

2010/02/04

 仕事で深夜に帰ってきて、明日着ていくワイシャツが一着もないことに気づいて洗濯をしており、その合間に書かれている文章がこれだ。
 洗濯はまだ終わらない。

 仕事について。
 例によって蟹の籠をどうこうするアレなのだけれど、今やっているのはもういい加減古くなってきた籠の副槽増設に関する作業で、早い話が蟹のブリーダーとか籠のメーカーの間に立ち、いい具合に板挟みになって煩悶するというすばらしい仕事だ。

 正直、疲れる。
 もはや疲れていない状態が思い出せないほどに、疲れ果てている。
 だからもういいじゃねえか、と思う。
 蟹とか籠とか、もうどうだっていいだろう。
 蟹なぞ死ねばいいし、籠は全部爆破すればいい。
 すべての蟹籠の温度設定をいじって、循環機構に味噌とかポン酢をぶち込んで、冬はやっぱり鍋に限るよね的な事態になればいい。

 そんなことを人知れず妄想しながら仕事を終え、雪の降るなか暗い夜道を歩いていると、どこからともなく小学生ぐらいの子どもが十数人ぐらい現れて、一斉に俺を取り囲む。

 なんだこれ。
 まさか、オヤジ狩りというやつなのだろうか。
 子どもたちは薄ら笑いを浮かべながら困惑する俺を見つめている。
 やがてポケットから小さななにかを取り出し、一斉に俺に投げつけてくる。

 豆だった。
 それも、おそろしいことに納豆を投げつけてきたのだった。その香りと粘り具合からして、わざわざ納豆醤油とカラシを入れて念入りにかき混ぜた水戸納豆を投擲されていた。
 そういえば今日は節分の日であり、なにやら荒んだことを考えていた俺は、この世の鬼という役回りなのだった。
 ひとしきり俺に豆を投げつけて満足したのか、子どもたちは三々五々に散っていき、雪と納豆にまみれた俺が残る。

 と、思っていたら、まるで雪ん子のような可愛らしい白い服を着た女の子がひとり俺のそばに立っていて、彼女はそっと俺に近づいて手になにかを握らせてくる。
 それは大学ノートの切れ端で、小さく「鬼 は Get out here now」などと和洋折衷っぽい言葉が書かれており、その揺るぎない排撃の意志が力強く伝わってくる。
 雪の精のようなあの娘はもうどこにもおらず、そこには本当に俺だけが残される。
 具体的には発酵した豆やら、腐った大人、あと溶けかけた雪とか、まあそんなような、マジでどうしようもないものだけが残っている。

 俺は誰にも見られないようにして少しだけ泣き、帰宅する。
 鬼の目にも涙。
 たまにはそういうこともある。
 あってもいいじゃねえか、と俺は思い、そうだやはり蟹籠とか爆裂四散しろ、と投げやりに強く願う。


 洗濯はまだ終わっていない。
 すごく眠い。
 けれど洗濯が終わらないので床に就くこともできず、ただここで、こうしている。
 真夜中にもかかわらず洗濯機はすごい音を立ててドラムを回転させており、変色したワイシャツの脱水に余念がない。
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