マグネタイトが尽きるまで

2010/02/18

 悪魔召喚プログラムが手に入ったらなにをするか?

 というのはかなり昔から議論されてきたテーマではあるが、今、俺がそれを手にしたならば、まずは定石どおり妖精ピクシーを仲魔にするであろう。
 というか、どう頑張ってもピクシーあたりの同情を引いて仲魔になってもらうのが関の山であろう。

 そうして夜な夜な、日々の仕事で疲れた身体を癒すべくディアを唱えさせるのだ。
 彼女のMPが続くかぎり。


 回復魔法の心地よさに包まれながら、昔……小学生の頃、俺のクラスにはロウヒーローとカオスヒーローがいたことを思い出す。

 キヨシくんという、成績が劣悪で運動が苦手な男子がいた。
 しかし彼はクラスでただ一人「AKIRA」に傾倒しており、ファミコン版AKIRAを俺に貸してくれたりした。難解で誰も遊ばなかった光栄の歴史ゲームを持っていたりもした。
 公営団地の一室にある彼の薄暗い部屋は、怪しいコミックやゲームで溢れ返っており、俺はよくそこへ遊びに行ったものだ。
 キヨシくんのほうも、俺の家にもよく遊びにきた。
 そしてときおり、俺のファミコンカセットを無断で持ち帰ったりした。

 小学校を卒業して俺たちは別々の中学になり、キヨシくんは学校からドロップアウトして不良になった。
 ある日、唐突にキヨシくんが見知らぬ不良仲間を連れて俺の家に訪れ「ゼルダの伝説持ってるだろ? 貸してくれねえか」とタダ貸しを要求してきた。
「タダ貸し」というのは、何の対価もなくゲームソフトを貸し与えることを指す。
 当時、俺たちの間におけるソフトの貸し借りは「新作1本は旧作3本で貸す」というような独自のレーティングに沿って行われており「タダ貸し」というものは基本的にはありえなかった。
 それはよっぽど仲の良い友人にのみ許される信頼の証であった。
 茶髪の不良仲間を背景にして強要していいものではなかった。

 俺が「あのソフトはなくしたんだ」と嘘をいうと、彼は黙ったまま、なぜかガシャポンのカプセルを取り出して玄関先に落とし、思い切り足で踏み割った。
 そうして粉々になったプラスチックを残して彼らは帰っていき、その後二度と会うことはなかった。
 力を求めし乾いた魂。
 かつて間違いなく大事な友達だったはずなのだけれど、どこかで俺たちの道は違ってしまった。
 クラスで蛇蝎のごとく嫌われていたキヨシくんは俺の中ではカオスヒーローだった。
 友情とか、恐怖とか、欲望とか、憎悪とか、劣等感、親近感、優越感。
 そんなものが合わせ混じった、混沌たる少年時代を象徴するのが彼だった。


 ナミオカくんという、頭もよくスポーツもできるクラスの人気者がいた。
 クラスの委員長をしており、明るく爽やかな男子だった。
 そんな彼の家はまさに豪邸で、広間の吹き抜けに大きな階段があり、居間にはグランドピアノとかが置いてあった。
 俺はよく彼の家でクレイジークライマーやテトリスを遊んだ。
 ある日ナミオカくんが俺に「力(ちから)テクニック組に入らないか」と持ちかけてきた。
 ちからてくにっくぐみ、という和洋混淆きわまりない素敵な言葉の響きに魅せられた俺は、よく意味もわからずうなずいた。
 ナミオカくんはノートの紙片に彼らしい几帳面な文字で

  イノウエ
   力:8
   テクニック:2
   スピード:2



 などと記載し「組員証だよ」といって渡してくれた。なんだかよくわからないが、俺は自分のテクニックが「2」だということを初めて知った。当時から俺はデブだったためか、力は「8」とわりあい高く評価されたらしい。
 そんな感じで、彼は組員を何人も増やし、その力やテクニックを独断で決定していった。
 お調子者のヨウヘイくんなどは「力1・テクニック1・スピード2」と評価され、それでもナミオカくんに卑屈な笑みを見せていた。

 ちなみにナミオカくんの力とテクニックとスピードは、すべて10だった。
 すなわち彼は完璧なる人であり、神か、あるいは神の子に等しい存在なのだった。

 彼は彼の秩序に従って、彼の王国をクラスの中に築こうとしたのだと思う。
 力とテクニックとスピードという聖なる三位一体が支配する、偉大なる千年王国。
 だからナミオカくんは、神に捧げられし魂だ。
 すなわちロウヒーローなのだと思う。

 彼には小学校を卒業して以来、一度も会っていない。
 きっと今ごろは、サマリカームの一つも使えるようになっていることだろう。



 もうピクシーはディアを唱えられないぐらい疲弊している。
 気づけば法も混沌も既になく、中立でも善でも悪でもない俺がいる。
 法と混沌を載せた秤からひどく大事なものをこぼれ落としてきたような思いに駆られながら、俺はピクシーをそっと端末内に戻す。
 残りのマグネタイトはわずかしかない。

 悪魔がこの世に存在するためには、生体マグネタイトが必要となる。
 これは俺たちの怒りや喜び、悲しみといった諸々の感情から生まれる不思議エネルギー体であり、悪魔召喚プログラムはこれを蓄積することができる。他の悪魔や人間を殺すことで。

 俺が生来持っていたマグネタイトは、もう少しで尽きる。
 マグネタイトがなければ、悪魔はこの世界に留まってはいられない。
 やがてピクシーは己の生命力をすり減らし、最後には永遠に俺の前から消え去ってしまうだろう。

 ただ俺は、ピクシーに癒されたかっただけなのに。
 ピクシーのため、マグネタイトを奪うために、いずれ俺は誰かを殺すのだろうか。


 仕事の帰り、俺は気分転換のため馴染みの邪教の館に立ち寄る。
 俺の仲魔はピクシーだけなので、悪魔合体はできないのだが。
 いつもの真っ青な貫頭衣に身を包んだ邪教の親父は「最近、悪魔を合体させる機会が少なくてね」とぼやきながら、溶液で薄汚れた合成槽を洗っている。
 疲れていたのだろう、俺は「いっそ俺自身がピクシーと合体できないか」と親父に訊いてみる。
 親父は厳格な表情を浮かべ、だめだよ、と首を振る。

「あんたは合体できないよ」

 なぜか確信に満ちた口調で、そんなことをいう。

「たぶん誰とも、なんであっても一緒になれないと思うよ」

 俺は邪教の館を後にして家路につく。

 傍らにはピクシーを召喚している。
 なにかをさせるでもなく、ただそこに在るためだけに。
 一歩ずつ家に近づくたびに滑り落ちる砂時計のように減っていくマグネタイトを見ながら、それが尽きるまでに答えを出さなければ、と俺はぼんやり考え、歩いている。
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