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たぶん「けいおん!!」は曼荼羅

2010/05/25

 俺にとっての最近の生きる糧といったら、もちろんアニメ「けいおん!!」であろう。

 今週の第8話「進路!」はおもしろかった。
 唯や澪の思い出。
 そして彼女たちの将来について。

 「けいおん!!」には過去があり、未来がある。
 それを痛切に感じさせてくれた。

 ところでつい先日、「けいおん!!」についてとある同年代の人と語る機会があった。

「あなたにとって『けいおん!!』に出てくる女の子たちって、どういう対象ですか」

 俺の問いに対して彼は答えた。

「無論、性的対象である」

 心強く語った彼の口調に迷いはない。

「あまりに律を愛しすぎて、『律に彼氏がいる』という疑惑が持ち上がったとき、不安すぎて精神状態に異常をきたしたほどだ」

 そのような彼であれば「けいおん!!」の女の子たちと愛し合い、幸せな家庭を育む未来を信じられる。
 可能か不可能かは別として、それは希望として、またたく星のように俺たちのあおぐ天に輝いている。


 俺はと言えば、「けいおん!!」に出てくる女の子たちが娘のように思えてしかたがない。
 毎週毎週、彼女たちの一喜一憂をそっと見守る。
 父親というにはあまりに消極的すぎるだろうが、そのような心情の視聴者も多いのではないか。

 自分がもう少し若ければ、彼女たちを性的対象としてとらえられたのかもしれない。
 同年代の女の子として彼女たちを愛し、不器用な交際を経て、いっしょに人生を歩めたのかもしれない。

 さらに若いときに「けいおん!!」に出会っていればどうだったか。
 彼女たちは親しい姉のような存在、あるいは憧れのお姉さんになっていたであろう。
 さらに小さい頃であれば、母にさえ思えたかもしれない。

 思うに「けいおん!!」にはすべてがある。

 唯があり、澪があり、律があり、紬があり、梓がある。
 憂があり、和があり、さわ子先生がある。
 恋人であり、娘であり、妹であり、姉であり、母ですらある。
 さらに言えば前述したように過去があり、未来があり、言うまでもなく現在がある。

 すべてがある。
 それらは互いにつながり、響き合い、ゆるやかな円、あるいは縁を形成する。
 極論すればそれは曼荼羅であろう。

 宇宙。
 左手に唯、右手に澪が浮かぶ。
 やがて外側へ円を描くように律、紬、梓とつづく。
 連綿と「けいおん!!」の女の子たちが敷き詰められた胎蔵曼荼羅が俺の前にある。
 俺の後方には、唯、律、紬、澪、梓、憂、和、さわ子の8人がそれぞれ格子状に位置し、それがまた9つ集まり金剛曼荼羅を成している。

 しかし両界の曼荼羅それぞれの中央には、ぽっかりと穴があいている。
 その虚ろはいったいなにか、俺は考える。
 すべてがあるはずの「けいおん!!」において、唯一、存在しないもの。
 考えてみればそれは明白だ。
 誰もが気づいているはずだ。

 あの世界には「男性」が存在しない。
 楽器屋の店員や琴吹家の執事など、いちおう申し訳程度に出てくる男キャラはいるが、ほとんど舞台装置なみの扱いであり、その存在感はあまりに希薄だ。

 男性がいない「けいおん!!」の世界。
 その宇宙、曼荼羅の中央に浮かぶ空虚。

 迷うまでもなく、俺は両界の曼荼羅、その中央に己自身を描き、塗り込める。
 仏の座する位置に宇宙の中心たる自分自身があることで、ようやく俺自身が不在だった「けいおん!!」という名の曼荼羅は完成する。
 そうすることで「けいおん!!」にはすべてがあり、うずまき、めぐり、因果を超えた地平の果てで、俺たちはすべてを得ることができる。



……というようなことを別の酒の席で語ったら「お前はなにを言っているんだ」と真顔で返され我に帰りました。


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 COMIC ZINさんにて、昨年冬コミで出した同人誌「サイバーパンカー」通販再開しました。
 これで最後になるかと思います。
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