ネガティブの行方

2010/09/08

「蟹を見張る仕事には未来が見えません」

 最近やたら無断欠勤が続く若い部下の口から、そんな言葉を俺は聞かされている。
 その手の賢しげな諦観は聞き慣れている。
 不平、不満、絶望、この世のありとあらゆるネガティブなものを吐露する若者。
 それを受け止める上司たる俺。
 そうして俺の中にたまったネガティブはいったいどこの誰にぶちまければいいのだろう、と思いながら俺は若者の澱んだ瞳をながめている。

 俺が誰かに不平を漏らす。
 すると、その誰かが他の誰かに不満をぶつける。
 そうやって続く果てしない連鎖の果てに、ありとあらゆるネガティブなものが流れつく砂浜のような場所を俺は想像する。
 現実の俺は、狭い会議室の中で若者の言葉を黙って受け止めているだけだ。

「最近は職場にストレスしか感じないんです」

 彼はそう続ける。
 さも、それがたいへんなことでもあるかのように。

 俺は思わず口にしそうになる。
 なあ若者よ。ストレスを感じるってのは当たり前のことだ。
 地球上のあらゆるものが空気の抵抗を受けるように、人はただ生きているだけでストレスにぶち当たるものなんだ。
 大の大人が「ストレスを感じるんです」などと声高に喧伝することは、生まれてきた赤ん坊が母親の子宮に逆戻りしたいと駄々をこねるさまに等しい。
 できるなら、それをわかってほしい。

 理不尽は誰の身にも降りかかっている。
 誰だって闘っている。
 交通事故に巻き込まれてみたり、自分が病気になったり、友人が病気になったり、親が死んだり、親がろくでなしだったり、親に借金を背負わされたり、駅で酔漢に殴られたり、満員電車で痴漢に間違われたり、横山智佐がどこの馬の骨ともわからぬミュージシャンと結婚したり――数え上げたらきりがないほどの理不尽と、いつでも、どこでも、俺たちは闘っている。

 彼はいつか闘うのだろうか。
 「それら」からは逃げても無駄なのだと、いつの日か悟るのだろうか。
 醜く泣き叫ぶのをやめて、ただ黙って拳をかかげるときが来るのだろうか。

 俺は大人として、上司として、当たり障りのない言葉を彼にかけるしかない。
 けれど、どんなに頑張ろうと心を尽くそうと俺ごときの言葉がこの若者のねじくれた心に劇的な変化をもたらすことなどない。
 それもまたストレスであり、俺の抱えるネガティブであり、理不尽の一つだ。


 俺は帰宅し、疲弊した脳で、録画した映画「ブロークン・アロー」を観る。
 くたびれ疲れ果てたサラリーマンにふさわしい、しょうもない映画だ。
 ラストシーンで核ミサイルにブチ当たり「く」の字になって痛快にぶっ飛ぶジョン・トラボルタの姿を見て、俺は思わず爆笑する。
 おそらく俺の中に蓄積されたネガティブなものは、すべてトラボルタが引き受けてどこか遠くへ飛んでいく。
 そう思うことにする。
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