食べ物の力について

2010/10/07

 最近はよく再放送のアニメ「美味しんぼ」を観ている。
 富井副部長のウザさとか、快楽亭ブラックのインチキ臭いしゃべりとか、おめかしした栗田さん(頭にバカでかいリボンをつけていた)など見所は尽きないのだが、まあとにかくどの話にも共通するのは「美味い食べ物があらゆる揉め事を解決する」ということだ。

 世の中の揉め事はすべて不味い食べ物が発端であり、それを解決するのは美味い食べ物。
 「美味しんぼ」の物語は、多かれ少なかれそういう原理が貫かれている。
 家庭の不和も食い物のせいだし、子供がグレるのも、スポーツ選手の不調も、会社間のトラブルも食い物のせいだ。
 そして美味しい食べ物はすべてを解決する。

 ふと漫画「孤独のグルメ」における、あるシーンを思い出す。
 主人公のゴローが、定食屋に入ってメシを食べるが、その眼前で店主が店員(中国人)に怒鳴り散らしている。
 ゴローは店主に向かって「あなたのおかげでメシが美味くない(食えない)」的なことを言い、激昂した店主はゴローに殴りかかるが、逆にゴローは謎の体術で店主の関節を極める。
 そこへ、さっきまで怒られていた中国人が「それ以上いけない」とゴローを制止する。
 うろ覚えだが、そんなようなシーンがあった。

 要するに、いくら美味しかろうが食べ物はなにも解決しない。
 食べ物を味わう以前の問題というやつが、そこには厳然と存在する。
 食ったメシは美味くても、ただそれだけ。
 仕事の調子が上向くわけでもないし、恋人が戻ってくるわけでもない。
 そういう食べ物の無力さを描いているという点で「美味しんぼ」とは正反対だなと思う。
 
 「美味しんぼ」の破天荒さは嫌いじゃないし、「孤独のグルメ」のリアルさも悪くない。
 ただ、実のところ美味しい食べ物にこだわりもなく、世界の珍味も食べたこともなく、独身男性の貧相な食生活を絵に描いたような感じで生きている俺としては、まあ正直どちらでもいい。
 食い物が万能であろうと、そうでなかろうと、どちらでもいいのだ。
 そんな投げやりで、どっちつかずの結論でいいのか。
 いいのだ。

 美味しい食べ物というのは幸福に似ている。
 不味い食べ物を特に不味いと思わない人間は、果たして幸福なのか不幸なのか。
 つまるところそういうことなので、わざわざここまで読んだ人には申し訳ないと思うのだけれど、実はこれ、そういう心底どうでもいい話なのだ。
 サービス残業を終えて深夜に帰ってきたお疲れ社会人が書くような話は、たいていそんなようなものだ。
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