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そして誰も

2010/12/25

 なんとはなしに職場で年末年始の帰省についての話になり、俺が「もう五年近く実家に帰っていない」と言うと、後輩の河東くんはええっ、と声をあげる。
「マジっすか。自分なんて毎年、三回は帰ってますよ」
 盆と正月、そしてゴールデンウィーク。
 へえ、すごいねえと俺が感心すると、彼は怪訝そうな表情を見せる。おそらく彼の中で帰省というものはまるで呼吸のようにごくあたりまえの行為なのだ。したがって、帰省しないという人間のことがよく理解できないのだろう。
 だけどそれはお互いさまだ。俺もまた、河東くんのように連休のたびにきっちり帰省する人間の気持ちがわからない。俺は正直にそう告げる。
「ええっ!……だって、さびしくないっすか。自分はさびしいっす」
 日頃は後輩を厳しく指導する立場であり、職場随一のこわもてで名高い河東くんの口からそんな言葉が漏れるとは。俺は思わず「えっ、さびしいもんなの?」と聞き返す。
「何年か前、たまたま正月に帰らなかったことがあるんすけど……一人で家にいて、一人で紅白とか観てたら、すごくさびしくなりました。ああ、自分、こんなときに、こんなところで、なにやってんだろう……みたいな」
「そういうもんか? 河東くんも独り身だし、慣れるもんじゃない?」
「いや、あの感覚は……慣れないですね。誰かがそばにいないと死んじゃうかも、とすら思いました」


 家に帰り、その話を彼女にすると「可愛いこと言うのねえ、その子」と、口に手をあてておかしそうに笑う。
「さびしいからって死ぬこたないよな。ウサギじゃあるまいし。さびしいたびに死んでたら、俺は三十三年間ずっと死にっぱなしだよ」
「……あなたは、さびしくないの」
「俺は、たぶん……いや、もう忘れちゃったよ」
 はは、と俺は笑う。彼女はうっすら微笑んでいる。
「そう」
 クリスマス・イブの夜にするような話でもないなと思い、少しだけ間の悪い思いを味わっていると彼女は奥の部屋に行き、なにかを手にして戻ってくる。
「ねえ、ゲームして遊びましょう」
「唐突だなあ……いいけど」
「UNO。わたし、大好きなの」
 パーティーで定番のカードゲームだ。場に出されたカードと同じ色か、あるいは同じ数字のカードを出していき、最初にすべての手札をなくした者が勝ちとなる。特殊な効果をもつカードとして、順番を逆回りにする「リバース」、次の人を飛ばす「スキップ」、強制的にカードを二枚取らせる「ドローツー」などがあり、勝負を盛り上げてくれる。
 このゲームは小学生のころ友人たちと死ぬほど遊んだ記憶があるのだが、二人で遊ぶUNOは正直、あまりおもしろいとは言えない。
 けれど彼女に押し切られるかたちで、俺はUNOを遊びはじめてしまう。


 公式では手札五枚スタートというルールなのだが、二人ではすぐに終わってしまう可能性があるため、十枚スタートにする。
 場には赤・三のカード。
 最初に彼女が赤・七を出し、俺が緑・七で色を変える。
 そうしてしばらく、互いに淡々とカードを出していく。
「ねえ」
 不意に、彼女が甘えるような声を出す。
「UNOの由来って、知ってる?」
「ええと、たしかイタリア語だかスペイン語で”1”っていう意味だよね。残りあと一枚になったときに”ウノ”って宣言するだろ」
 彼女はにこりと笑って首をふる。
「うふふ、違うのよ。本当はね、UNOは人の名前なんだよ。とある小説の登場人物」
「ええっ、本当かい……宇野さんとか?」
「はずれ。外国の人よ。イギリス人」
 いったい誰のことだろう。まったくの初耳で、俺には見当もつかない。話をしているうちに、俺たちは互いの手札を減らしていく。
 何度かドローツーカードで手札を増やされたので、俺のほうが少し分が悪い。
「で、誰なんだい。その小説のイギリス人って」
「オーエンよ」
 彼女は場にスキップカードで俺の順番を飛ばし、続けてカードを出す。
「U・N・オーエン。アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』に登場する謎の大富豪」
 俺もさすがにアガサ・クリスティの名ぐらいは知っている。世界有数の推理小説作家だ。
「オーエンに招かれた十人の男女が、孤島の館で次々と殺されていくの」
「へえ……恥ずかしながら読んだことがないんだけど、そういう話なんだ」
 彼女はリバースカードを出し、さらにカードを出し続ける。
「十人のお客さんが全員死んで”そして誰もいなくなった”……ほら、まるでUNOみたいでしょう」
「ああ……たしかに。そうかもね」
 いつの間にか、彼女の手札は残り二枚だ。
 彼女はしばらく俺を見つめてから、静かに問う。
「ねえ、あなたはさびしくないの」
 どうして、と俺はたずねる。どうしてまた、そんなことを訊くのだろう。
「ウノ」
 カードを出しながら彼女がそう宣言し、その手札が残り一枚になったことを俺は知る。
「さっき、あなたは”さびしさを忘れた”って言っていたけれど」
 彼女は最後のカードを場にそっと差し出す。
 青・ゼロ。
 そして、

「本当は忘れたんじゃなくて……さびしさに慣れすぎちゃったんじゃない?」

 そして誰もいなくなる。
 まるで最初からそうだったように。


……少し前置きが長くなったけれど、俺が言いたいことは次の二つだ。
 一つは、さびしさで人は死なないってこと。
 けっして、さびしさは死因として成り立たない。

 もう一つは、たった一言。
 俺が全世界に向けて発信したい言葉。
 最高に素晴らしいごきげんな言葉。
 この日、このときを祝うために生まれた言葉。

 メリー・クリスマス。
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