かみはしんだ

2011/03/10

ゲームボーイ用ソフト「魔界塔士 Sa・Ga」より

かみはしんだ


 幾百の世界をつらぬき、その中心にそびえ立つ巨大な塔。
 この世でもっとも高い場所、塔の世界の最果てで、ぼくたちは神を殺した。

 このゲームをクリアした日のことを、ぼくは生涯忘れない。
 神の死は唐突に告げられた。
 有名なニーチェの言葉でもなく、ましてや天から響く荘厳な言葉などでもない、それはぼくの手のひらに収まる160×144ドットで構成されたモノクロ4階調の液晶画面。
 なんの変哲もないことのように表示される、そっけないシステムメッセージとして。



「やっちまったぜ……」
 〈人間・男〉が、バラバラになった神の亡骸を見下ろして、つぶやく。
 ぼくと一緒に幾多の冒険の旅をくぐり抜けてきた無二の戦友。
「てかよ、まさかチェーンソーで瞬殺されるかァ? 神サマともあろうお方がよ?」
 つい今しがた、ぼくたちは神を殺した。
 具体的には、回転式電動ノコギリ、すなわちチェーンソーを用いて神の身を左右真っ二つに引き裂き、細切れの肉片に変えた。
 ちなみにチェーンソーは町の武器屋で4000ケロを払って購入した。チェーンソーの最大使用回数は30回。つまりわずか133.3333ケロ程度の超低コストで、ぼくらは神を殺してしまった。
 戦闘開始後、わずか1ターンの出来事だった。

 〈人間・男〉は「は、は、ははッ」と小さく喘ぐような音を発していたが、それはやがて耳に障るほど甲高い笑い声になった。勝利によって緊張の糸が切れたのか、彼の哄笑はやむことがなかった。もはや主のいないフロアを犯し蹂躙するように響きわたる人間の声。

「ねえ」
 隣にいた〈エスパーギャル〉が、ぼくの腕にそっと触れる。
「神様を殺して……これからわたしたちはどうなるの?」
 そんなこと、ぼくにわかるはずがない。
 誰にだって、わかるはずがない。

「決まってるさ」
 笑いをぴたりと止めて〈人間・男〉が答える。
「俺たちが新たな神になればいい。……見ろよ」
 塔の最上階からは、あらゆる世界を見渡すことができた。
 世界に存在するあらゆる生き物の営みが手に取るように把握できた。
「ここは神の座だ。ゲームマスターの特等席ってやつだ。これまで俺たちが通ってきた世界なんざ、ちっぽけなゲーム盤に過ぎないんだよ」
 ぼくたちが生まれ、旅してきた世界。
 大陸世界、海洋世界、空中世界、都市世界……さらにたくさんの世界。
「この世界にいるすべての生き物はゲームの駒だ……生かすも殺すも思いのままってやつだぜ」
 気がつけば〈人間・男〉は瞳に異様な光を宿らせている。

 でも、ぼくたちはそんなことを……そう、ぼくたちを玩具のようにもてあそぶ神が許せなくて、この戦いを始めたのではなかったか?
 〈人間・男〉は力強く言葉をつづける。
「俺はあのクソッタレな神の野郎とは違う。それに神の力があれば、死んだ連中を生き返らせることだってできるんだぜ?」
 〈エスパーギャル〉が息を飲み、ぼくに触れている細い指が固くこわばるのを感じる。
 ぼくらは幾人もの仲間の死を乗り越えてここまで来た。
 レジスタンスのリーダーや、暴走族の総長……。ぼくの腕の中で冷たくなっていった彼らのぬくもりを取り戻すことができるのならば……。

「一つ、問いたい」
 唐突に〈モンスター〉が口を開く。
 パーティーの仲間、その最後の一人(一匹)だ。
 〈モンスター〉であるところの彼(彼女)は、倒した敵の肉を食らうことでその力を取り込み、さらに強力なものへと姿を変え、進化していく。
 冒険を始めた当初は脆弱なスライムだったが、今は雄々しい竜の姿をしている〈モンスター〉が、神の骸を指し示す。

「その”肉”は、喰ってもかまわないのか?」

 沈黙。
 神を殺せしぼくたちは、〈モンスター〉の問いかけに沈黙する。
 神を……神の肉を……食べるだって?

 引きつった表情を無理に歪ませて〈人間・男〉がせせら笑う。
「ハッ……さすがはバケモノ、とんだ悪食だぜ」
 〈エスパーギャル〉が涙目でつぶやく。
「あのう、ささ、さすがにそれは……罰当たりっていうか……」
 〈モンスター〉は首をかしげる。
「あれは、もう死んでいる」
 そこに何も写すことのない乾いた獣の瞳で、告げる。
「死んだ神は、ただの肉だ」

 〈エスパーギャル〉がおそるおそる口を開く。
「その肉を食べると……〈モンスター〉、あなたはどうなるの?」
「さらに、強く」
 その答えは明快だ。
 〈モンスター〉の本能、あるいは存在理由。
 それは倒した敵の肉を食い、力を付けて、さらに強い敵を倒すこと。その繰り返し。
 永劫に終わりなどない。
 もしも終わりがあるとしたら、それは自分よりもはるかに強大なものに敗れ去るときだろう。
 強大なもの。
 たとえば、神のような。
 たとえば、神を殺した者のような。

「へえ、バケモノ風情が……神の力を手に入れようってのか?」
〈人間・男〉が薄ら笑いを浮かべながら〈モンスター〉に語りかける。その声は張り詰めた糸を連想させる。極限まで張り詰め、鋭い音を立てて切れる寸前の細い糸を。
「違うな、人間」
 〈モンスター〉が鋭い牙を剥き出し、低い唸りを発しながら〈人間・男〉と対峙する。
「肉を喰って得た”力”は……もはや我の”力”だ」
「ほざけ……そんな力、俺が神になった世界じゃ邪魔なだけだぜ。なあ、ものは相談だがよ……今の状態で満足しとくってわけにはいかねぇか? おめえは今や、この世界じゃ最強クラスの”モンスター”だろ?」
「……無理、だ」
「あー、そうかい……そんじゃ……しかたねぇな」
 〈人間・男〉と〈モンスター〉は互いに距離を測っている。炎、牙、爪、剣、拳、銃撃……己の武器が相手を確実に殺せる、その絶望に満ちた距離を。

「ね、ねえ、やめなよ。二人とも……ねえっ」
 〈エスパーギャル〉の悲痛な叫びは届かない。
 気がつけば〈人間・男〉と〈モンスター〉は、ぼくの右手に握られたチェーンソーを黙って見つめている。

――新たな神になった俺を、おまえはやがて”それ”で切り裂くのか?
――神を超える力を手に入れた我を、おまえはいずれ”それ”で切り裂くのか?

 回転歯に神の肉片がこびりついたままのそれは、戦い疲れたぼくの腕にはひどく重い。
 冷たい汗がにじむぼくの手に、〈エスパーギャル〉の柔らかな手が重ねられる。
「ねえ、逃げようよ……」
 彼女の瞳はとろける蜂蜜のように潤み、ぼくを見上げている。
 異能の力を使いこなす、可憐な少女。
 彼女は争いを好まない。
 彼女は過ぎたる力を好まない。
 彼女は痛みや苦しみを好まない。
「神様とか、力とか、そんなの関係ない世界に二人で逃げよう? ね?」
 ぼくは。

「神を殺した者――神より優れた者が神になってなにが悪い? 神を殺せた時点で、もう俺は神に等しいか、それ以上の存在なんだよ」
 人間が謳う。

「神など要らぬ。ただ大いなる”力”。それが我が望み。唯一にして無二なるもの」
 化物が吠える。

「ねえ、いっしょに逃げよう? なにもかも捨てて」
 少女がささやく。

 ぼくは。
 ぼくは、その手に握るチェーンソーを――。



 ふと、どこからか声が聞こえたような気がして、ぼくはすでに神のいない天を見上げる。
 ぼくのチェーンソーによってバラバラにされる前に、シルクハットの男――神――がうそぶいていた言葉。
 どこか皮肉げで、少しだけ哀しげな響きをもって。

「これが生き物のサガか……」



 ゲームボーイ用ソフト「魔界塔士 Sa・Ga」は1989年12月15日に発売され、百万本以上を売り上げるヒット作となった。
 百万人以上の少年少女が、おのおのの神を殺した。
 チェーンソーで。サイコソードで。ネコの爪で。パンチで。キックで。ヤマアラシで。ミサイルで。波動砲で。核爆弾で。正宗で。エクスカリバーで。
 ありとあらゆる武器を用い、ぼくらは神を殺戮した。
 百万の神が死に絶え、百万の亡骸が残された。
 そのかたわらには、神になりそこねた百万の少年少女。
 それがぼくたちだ。
 たった160×144ドットのちっぽけな世界に神を見出し、ためらいもなく神を殺し、そして神の死を告げられた――ぼくたちは、その最初の世代だ。
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