いつか、遠い昔のシューティングゲームを

2012/08/04

01

 連合宇宙軍第七番母艦《ノイマン》、医療区画第一病棟、フロア二のB室、そこに設置された六十四基の胎盤ポッドのひとつから、あたしは生まれた。この時代、ほぼ万に一つ、奇跡に等しい確率でしか生まれない”正常な”遺伝子を持つ人類として。

 百年前の地球脱出における”根汚染”のおかげで、生後一時間と生きられない未熟児・奇形児の発現率が激増した。いまや胎児段階におけるナノマシンを使った発現形質の調整や、未発達器官の代替が必須というご時世なのだから、あたしのようなまっさらな人類はたいそう珍重された。
 大人たちは、あたしのことをよく「最後の人類」と呼ぶ。
 たぶん最初にあたしをそう呼んだ担当医は、後頭部に外付け式の外部メモリを増設している。大人たちはみんな、遺伝子異常によって欠損した身体や未発達の脳を補うために、そういった拡張処置を受けている。あたしは忘れっぽいから、そういうものがあったほうが便利だと思う。それに、わりとかっこいいじゃん。あたしがそう言うと、担当医は苦笑いを浮かべる。

 遺伝子に問題はなかったけれど、生まれつきの体質そのものには大いに問題があって、あたしは十四年間ほとんど医療ベッドで寝たきりの生活を送っている。
 そんなか弱い女の子にまるごと命運を託さなきゃいけない人類って、正直どうなのよ。いろいろ追いつめられて崖っぷちなのはわかるけど、もう少しどうにかならなかったのかと。
 数カ月後に決行される、《反人類》に対する最後の反攻作戦。あたしは一機の機動兵器に乗って出撃する。

 担当医に車椅子を押してもらって艦橋の工場区画まで行き、ロールアウトしたばかりのその機体を見せてもらう。
正統な人類、すなわちこのあたしにしか乗れないという、ひどく面倒な来歴を持つ超兵器。
 それは宙から太いワイヤーで吊り下げられていて、仮にも戦闘機のはずなのに主翼のような部位はどこにもない。代わりに長い平板状の機関が幾重にも折り重なったようなシルエットをしていて、西暦時代のライブラリを漁ったときにたまたま開いた記録映像に出てきたハリネズミみたい。それが第一印象。まだカラーリングされていなくて、表面装甲を白くつや消し塗装されただけのそれは、いくつもの針で串刺しにされたハツカネズミのようにも見える。
 ハツカネズミは、以前この目で見たことがあった。無朽プラスティックの檻に入れられていた、白くて小さい生き物。女の子のアクセサリーのようなピンク色をした尻尾が小刻みに揺れていた。
 そのせわしない動きを眺めながら、狭い檻の中で元気に動き回れるのと、無駄に広い部屋で身動きできないのとでは、どっちが幸せなんだろう……なんて、うっかり恥ずかしい思いにふけってしまったことをおぼえている。

 機体のコード名は《希望の光》
 それを聞いて、絶望の棺桶の間違いだろ、とあたしは毒づく。


02

 食卓でトーストをかじりながらわたしが今朝見た夢の話をすると、兄が「それってなんだかシューティングゲームみたいだなー」と言って笑った。
 なにそれ?、と首をかしげると、ゲーム大好きっ子の兄は嬉々としてうんちく話を開始する。
 シューティングゲームとは、あの有名な「インベーダーゲーム」のように、敵が撃ってくる弾を避け、こちらの弾を当てて敵を撃破していくようなジャンルのゲームのことらしい。
 シューティングゲームでは、たいてい無謀にもたった一機で敵の大軍に挑むことになる。それをもっともらしくするためなのか、ゲームによってはかなり凝った設定やストーリーがあるのだという。
「なんなら俺のおすすめゲームを遊んでみるか?」と兄のテンションは上がりまくる一方だ。正直、ゲームなんて暇なときにケータイでちまちまテトリスをやるぐらいなのだ。妙に盛り上がっちゃってるゲーマー兄には悪いけど……。
「ほらほら遅刻するわよ」と母がわたしと兄をせかし、あわただしく朝の宴が終わる。
「あれ、お父さんは?」わたしが訊くと「もう出てったわよ、朝から会議なんですって」とか言いながら母がお弁当を手渡してくれる。
「いってきまーす」「いってらっしゃい」
 いつものように玄関をくぐり、隣町の公立高校に自転車で通う兄と別れ、わたしは歩いて二十分ぐらいの小高い丘の上にある市立中学校に向かう

 日差しがまぶしい。うん、とてもいい天気だ。
 もうすぐ一学期が終わり、夏休みになる。一足早い開放感にひたりながら、わたしは夢の世界を思い出す。
 夢の中の女の子。遠い未来の世界なのか、みんなして宇宙船(宇宙戦艦?)の中で暮らしていた。人類は地球から追い出されたとか、えらく深刻な設定らしい。さらには人類滅亡寸前!とか、最後の作戦!とか、やたら終末的というか、なんとも悲愴で絶望的な雰囲気が濃い夢だった。
 どうしてあんな夢を見たんだろう。無意識の欲求が夢にあらわれたとか?……うーん……。
 考えていると「おはよ~」と街道沿いの交差点でクラスメイトに声をかけられ、わたしは夢のことを忘れてしまう。
「ねー、一時間目の英語、訳文やってきた?」
「とりあえず単語は調べた。あてられたらフィーリングで乗り切る」
「いやいや乗り切れませんから。つか、あとでそれ写させて」
「え、あんたそれすらやってないの? どんだけ大物なの?」
 毎度の馬鹿話をしているうちに学校に到着し、なんてことのない一日が過ぎていく。


03

 名前を呼ばれたような気がして、あたしは目を開ける。
 暗い。いつもの病室じゃない。
 一瞬、ここがどこだかわからなくなるけれど、すぐに思い出す。
 ここは、「あれ」の中。というか、今やあたしが「あれ」自身なのだ。
 あれ――《希望の光》という名の機動兵器。

 ふたたび、あたしの名を呼ぶ声。
 どうやら管制官が呼びかけていたらしい。どうかしたのか、と不審げな声で問う彼に、あたしは応じる。
 なんかね、夢を見てたみたい。
 それをジョークかなにかだと思ったのか、陽気な笑い声が伝わってくる。人類史上最大の大一番の前だってのに居眠りとは、とんでもない大物だな。そんな言葉とともに通信が切れる。

 それこそジョークだ。
 あたしはもう、眠りを摂る必要がない。食事も必要ない。ほかにも、そう、いろいろと必要ない。あたしが《希望の光》に搭乗するときに、必要のないものはいっさい省かれた。
 今の自分の姿を客観的に眺めることができたら、どんなふうに見えるだろう。
 あまりの惨めさに悲しくなってしまうだろうか。いや、あまりに奇妙すぎて逆に笑ってしまうかもしれない。

 そうして人類代表のあたしは、人類最後の希望たる最強の機動兵器で、たった一人、母なる地球を取り戻すために出撃する。
 反攻作戦のフェイズ1は、全連合宇宙艦隊による軌道上での陽動。
 フェイズ2は、そのどさくさに紛れ、あたしが地球へ単独降下。
 そして最終フェイズ3で、太平洋上プラントの奥深く、《殻》内部にある《反人類》中枢をあたしが単機で殲滅。それでミッションコンプリート。
 ぶっちゃけた話、その成功率は針の穴を通すどころの話じゃない。万に一つ、という表現すら誇張が過ぎる。
 ゼロ、ピリオド、たくさんのゼロ……パーセント。でも人類は、そんな数字を《希望》と呼んだのだ。

 出撃三十秒前。
 あたしに結節された機体の全感覚器が活性化する。
 自身を中心とした半径数百キロすべてを、それこそ塵の一つ、原子の一つにいたるまで精細に把握する。
見る、聴く、感じるといった古臭い言葉では表現が追いつかない。
 膨大な情報子に分解された宇宙が、あたしの中に流れ込み、押し寄せ、狂奔し、とてつもない速度で再構築される。
 あたしは、生きている。
 いや、今このときから生きはじめたのだ。
 叫べるなら、きっとそう叫んでいただろう。
 そう、これが現実。
 これが、世界。

 幸運を、眠り姫。
 直結通信が切断される間際、さっきの管制官の声が滑りこんでくる。ちょっとすかした台詞に、あたしは思わず吹き出しそうになる。
 ちなみに、どんな夢を見ていたんだい?
 その問いに、さっきのは嘘だよ、とあたしは答える。
 あたしは、夢なんて見ない。


04

 わたしが部屋で数学の宿題を片付けていると、ドアがノックされ、くぐもった兄の声が聞こえた。
 なーに?、と返事をすると、兄は手に古ぼけたゲーム機とコード類を抱えて部屋に入ってくる。
「めでたくゲーム魂を目覚めさせた妹に贈り物をな」
 笑みを浮かべながら、黒灰色をした無骨な機械を掲げてみせる。
 冷たく「なにそれ?」と訊くと、兄は朗々とその小汚いレトロなゲーム機(セガサターンというらしい)の説明をたれ流しはじめる。
 今朝しゃべった夢の話から、きっとわたしがシューティングゲームを遊びたいに違いないと曲解し、余計な世話を焼きはじめたらしい。
「あの、ちょっと、わたし勉強中なんですけど……」
 兄はわたしの抗議を気持ちよく無視して、勝手に部屋のテレビにゲーム機を配線している。
……まあ、たまにはテレビゲームも気分転換になっていいかな……。んーっ、とひとつ、大きく伸びをして、兄の作業をじっと見守る。途中、なぜかテレビを横倒しにしようとしたので、あわてて止めた。(「このゲームはこうやってプレイするのが正しい作法のに……」などと意味のわからんことを言っていた)
 ひととおり接続を終えた兄は「いいか、サターンは電源を入れた直後の起動画面が最高にすばらしいのだ。ゲーマー魂を揺さぶってやまぬ起動音も絶品だからな、くれぐれも心して拝見しろよ」などと面倒なことを言い出したので、いいからとっとと起動しろと軽く蹴りを入れておく。
 さんざんもったいぶって兄は電源ボタンを押したが、サターンはうんともすんとも言わない。ビデオ端子に接続した液晶テレビも、真っ暗なまま。
「あれ?……うーん、しばらく起動してなかったからなあ……」兄はつぶやきつつ、電源ボタンを何度も押したり、電源コネクタを抜き差ししたり、上面に挿入されているカセット(パワーメモリーというらしい。どこらへんがパワーなのかはわからないけど)を抜いたりと、よくわからない試行錯誤の末、ようやくサターン様がめでたく起動する。

 兄はゲーム機のコントローラーをわたしに渡しながら「おまえの夢は、おそらくこの永遠の名作『レイフォース』をプレイせよ、という啓示に違いない!」と、力強くテレビ画面を指し示した。
……えーと、表示されたタイトルロゴは「レイヤーセクション」と表示されてるけど……。わたしが指摘すると「妹よ、これは間違いじゃなくてな、なんというか……複雑な事情があるんだ……」そう言って、兄はなぜか遠い目をした。
 複雑な事情とやらにまったく興味はなかったので、かまわずわたしはゲームを開始する。
 スタートボタン……あ、真ん中のこれか。ていうかこれ、どうやって操作するの? ボタンがたくさんありすぎなんだけど……。
 お、なにやら宇宙空間に自機とおぼしき飛行機が出てきた。
 夢に出てきたあの子の戦闘機に、似ていなくもないような気がする。
 適当にボタンを押すと、前方に連続で弾が打ち出された。これで敵を壊すのね。
 兄が横で「おい早くロックしろロック!」などとうるさい。
 はあ? ロック? ロックンロール? 8ビート? とか思ってたら、いきなり大量の敵機が出現し、体当たりであっさり自機が撃破されてしまった。
 なんじゃそりゃ。

 あーあ、とこれ見よがしにため息をつく兄にイラッとしたので、中威力の蹴りを入れて部屋から追い出す。
 あーもう、やっぱり無理無理。こんなの無理。たった一機で地球を救うとか無謀きわまりなさすぎる。
 サターンの電源を切り、もう今日は寝ることにする。
 おやすみ。
 明日も晴れるといいな、と思う。なんとなくだけど。


05

 おやすみ、とあたしは小さくつぶやく。

 全人類艦隊による陽動は完璧に成功した。《反人類》の防衛艦隊は全力でこれを迎撃し、そこにできた警戒網の間隙を突いて、あたしは地球への突入軌道に乗る。
 ただひとつ難を挙げるとしたら……あまりにもうまく敵戦力を引きつけすぎて、最後の一艦にいたるまで撃破されてしまったことだろう。

 連合宇宙軍、すなわち人類はここにすべて死に絶えた。
 それが当初からの計画のうちだったのか、誤算なのかはわからない。あたしは砕け散った艦の無数のかけらといっしょに、流れ星みたいに赤熱しながら大気の層をすべり落ちる。
 はじけるような光を放ち、かけらたちは次々と燃え尽きていく。
 さようなら、そしておやすみ。
 人類の終焉が残した光芒に向かって、あたしは短く、小さな祈りをささげる。

 不意に視野が真っ白になる。成層圏を抜け、まるで白く爆発しているような巨大な雲の海にあたしは飛び込む。気がつけば見知らぬ力があたしをぐいぐいと引っ張っていて、ああ、これが地球の重力なのか、とぼんやり考える。
 やがて白雲の海を抜けると、陽光を照り返すまばゆい本物の海が見える。大きく減速、旋回しながら、あたしは飛ぶ。
 操縦者たるあたしの意識とはなかば無関係に、機動兵器《希望の光》は巡航形態から本来の形態へとシフトしていく。
 機体の後背部から突き出た八本のLOL発振基が花弁を開くように展開。同時に、それを包んでいた防護鞘がパージされ、眼下に見える青い海へと落ちていく。
 主武装、副武装ともにオンライン。自分のものともシステムのものとも判別がつかない音声が、頭に響く。

 その直後に警告信号。約百キロ前方に多数の敵性反応を検知。
 プラントを守護する《反人類》の迎撃用無人兵器の群れだ。地球に紛れ込んだ異分子を徹底的に排除する、ただそれだけのために生み出された機械じかけの白血球たち。
 それらは無人機ならではの驚異的な速度で加速、展開し、あたしの包囲をほぼ完了しつつある。最後の人類を狩り殺そうと、一機一機が、おのおのの感覚器であたしの姿を捉えている。

 でも、やられないよ。

 あたしの意識野に、天象儀の星のような無数の輝点が灯っていく。すべての敵機に対して、あたしは照準を定める。
 ロックオン、ロックオン、ロックオン……。丁寧に、確実に。
 機体側部から半球状に照射・展開された光学探査網で二百三十一機のそれらを原子の組成レベルまであまねく走査し、完全に照準し終えるのに、三・六マイクロ秒ほどを要する。
 あたしはやられない。
 だってあたしは、このために生まれてきたんだから。
 大きく腕を広げるように、あたしは《希望の光》の力を解き放つ。
 機体から牙のように荒々しく突き出し交差した八本の発振基が、咆哮するかのように鋭く共鳴する。輝ける翼にも似た光の布帯が生み出され、全方位にめまぐるしく射出される。
 二百と三十一のそれらは優美な曲線を描きつつ、局所場ラプラス演算によって導きだされた敵機の未来座標へと数ミリの誤差なく吸い込まれていく。
 七色にきらめく破壊の極光。対象がどう動こうが、けっして逃れられない。
 あたしの周囲に次々に生まれる大小さまざまな閃光。数瞬遅れて、連続する轟音。
 星のようにまたたく輝点の属性が、一斉に「照準済」から「撃破」に変わっていく。
 いつか誰かと遊んだ、白と黒のチップを互いにひっくり返す対戦ゲームのように。
 すべてが反転していく。
 白から黒へ。有から無へ。生から死へ。空から海へ。

 そのとき、はじめて気がつく。
 人類を完全に排除したのち、その地盤から天候に至るまで徹底的に《反人類》に管理され、再生を進められてきた地球。
 あたしの全周視界いっぱいに広がる地球の空と海は。
 泣きたくなるほどに、青く澄み渡っている。


06

 また、あの夢を見た。どんどんSF映画じみた宇宙大戦争っぽい展開になっていっているような気がする。味方は全滅しちゃってたみたいだけど……。

 本日は日曜日。予定は、とくになし。
 しいて言えば、ゆうべ途中でやめてしまった宿題の残りを片付けることぐらいか。
 ベッドから降りると、つま先になにかが触れた。兄が強引に置いていったゲーム機、セガサターンだ。しっかしこれ、無駄にでかいなあ……。
 わたしはテレビの前にぺたんと座り、なんとなくサターンの電源を入れて、昨日のゲームを起動してみる。
 すぐそばにゲームの説明書らしきものを見つけたので、ぱらぱらとめくってみる。冒頭、いきなり物語世界の年表がずらっと列記されてて、ちょっと引く。いかにも兄が好きそうな細かい設定が満載だ。
 そこは読み飛ばして、ゲームシステムの項を読む。
 うーんと……ゲームは全部で全七ラウンドあって……自機には「ショット」と「ロックオンレーザー」の二種類の武器がある……と。レーザーなんてものがあったのか。きっと昨日はショットしか使ってなかったので、すぐやられちゃったんだろう。
 そういえば自機の前方に、四角い枠(照準?)が表示されてたっけ。それを使って地上の敵をたくさんロックして、レーザーでいっきに倒せるらしい。へー。
 ゲームをスタートさせて、さっそく試してみる。
 地上にいる敵に照準を合わせると「ピッ」「ピッ」と音がしてロック完了を示すマークが表示された。ボタンを押すと自機からレーザーが発射され、ロックした敵をきれいにまとめて全部倒すことができた。お、ちょっと気持ちいいかも。
 わたしは地上にいる敵をかたっぱしからロックしまくる。で、レーザーで攻撃。なんだ、わりと簡単じゃない……と思った矢先に、敵が放った弾にぶつかってしまった。
 ロックオンに夢中になりすぎると、どうしても弾避けがおろそかになってしまう。しかしレーザーで地上の敵を倒しておかないと、どんどん敵が空中に昇ってきて大量の弾にやられてしまう。つまり地上の敵の場所を憶えてすばやくロックオンレーザーで壊せば、空中の敵が減って楽になるのね。すごく難しそうだけど、パズルみたいでおもしろいかも……。
 コントローラーを握り直したとき、ふと視線を感じた。首をめぐらせると、部屋のドアが細く開いていて、その隙間から「うふふ……」と恍惚とした表情を浮かべる兄の顔がのぞいている。
 しっかりと目が合った。兄は慈しむような目でわたしを見ている。わたしは自分の頬がどんどん熱くほてってくるのを感じつつ、すばやく立ち上がってドアを開け、無言で兄に強威力の下段蹴りを叩きこんだ。
 乙女の園を無断で覗き見た罪は重い。万死に値する。
 兄は珍妙な声を出しながら足を押さえて、見苦しくのたうち回っている。
「いやノックしたけど……返事がないし、ゲームの音がしたから……」などと、苦悶のうめき混じりで弁解した。
 ノックなんてぜんぜん気がつかなかったけど、と言うと、兄は「それだけ集中していたんだろう。集中力はシューティングゲームでもっとも大事な要素だからな。うん、やっぱりおまえには秘められし才能がある」などと調子よく語りだした。とにかくわたしの機嫌を取ろうという魂胆が丸見えなんですけど。

 あ、そうだ。この際だから、兄にゲームの手本を見せてもらおう。
 わたしがそう頼むと、兄はいつになく真剣な顔をして言った。
「アドバイスぐらいならするが、できればおまえ自身の手でクリアして、エンディングを見てほしい。絶対にそうするべきだ」
 エンディング。このゲームの、終わりのむこう。
 たぶん無駄だと思ったけれど、ついわたしは兄にたずねてしまった。
 ねえ、最後はどうなるの? ゲームなんだもん、とうぜんハッピーエンドだよね?
 ゲームの話をしているつもりだったけれど、あの夢の中に出てきた女の子のことが頭に浮かんでしまう。あの子は……たったひとりで戦闘機に乗って戦っていたあの少女は、敵をみんな倒して、地球に平和が戻るんだよね?
「そいつは、おまえの目でたしかめてみろ」
 おごそかに兄は言った。


07

 洋上プラントの地下深く、何重もの殻でくるまれるようにして、《反人類》の核は存在した。それは全長一キロにも及ぶ、おぞましいほど巨大な鉄の卵。あるいは、つぎはぎだらけの巨人の目玉のようにも見える。
 あたしは、これからそれを破壊する。
 今このとき、この場に至るまで《希望の光》は、何千何万という無人兵器を撃破してきた。それによって増大するエントロピーを自らの形而的内燃機関で吸い上げ、攻性の力に転化し、さらに強大で熾烈な破壊の嵐をまき散らす。
 もうあたしは、すべてを壊さない限り止まらない。
 最終目標――眼前の核をマルチロック。

 その瞬間、あたしの挙動に乱れが生じる。致命的システムエラー。けたたましい警報のような音と、真っ赤な警告文字列が錯綜し、やがて《希望の光》の全兵装がオフラインになる。
 なにが起こったのか理解する間もなく、見おぼえのないメッセージが生成・展開され、意識野に強制表示される。完全閉鎖系のあたしの中に外部からの介入……それは、けっしてありない事態のはずだ。

――もう、おやめなさい、最後の人類。

 まさか……《反人類》、なの。

――そうです、真なる人よ。私はあなたが照射する索敵素子を解析してバックドアを構築し、操作系統に介入しました。現在、最低限の自律機動を除き、ほぼすべての機能を無力化しています。

 そうか、おそらく無人機の組成に断片化ウィルスを仕込み、光学走査のフィードバックプロトコルに極微量ずつ混ぜ込んだのだろう。一定量を超えて蓄積された瞬間、ウィルスは自動的に結合し、あたしの中に「裏口」を開いたのだ。
 二の十乗級の暗号強度をもつプロトコルをリアルタイムでクラックし、ウィルス片入りの偽情報子を挿入する……そんな離れわざをやってのけられるのは《反人類》以外にはありえないだろう。
 人類が生みだした最大のニューロネットワーク。人と対をなすもの。
 機械世紀の神――《反人類》――は滔々と語りつづける。

――人類は私に、自らの恒久的な繁栄を願いました。それはとても困難な願いでした。人類は常に、種としての滅びの道を歩みつづけているからです。しかし私の庇護と管理のもと、共存というかたちでならば、人類は繁栄しつづけられる。私はそう結論をくだしました。現存する人類の根絶。地球の浄化と再生。それを経たあとに、私が調整した人類たちが永遠に繁栄するのです。

 謎とされてきた《反人類》の目的、反逆の理由があっさりと語られるが、あたしにとっては心底どうでもいいことだ。

――あなたは貴重な正常遺伝子をもつ人類、しかも雌性体です。来たる日における人類の胎盤として……

 そんなことはどうでもいい。

――先刻、地球軌道上で殲滅した艦船団から、現在いくつかのサンプルを採取し……

 もういい、黙れ。

 《反人類》のクラックによってあたしと《希望の光》の間の心音脳波が途絶して一分間が経過し、緊急処置が強制実行される。
 合一/自動制御から、双離/手動制御へ。
 あたしの肉体に埋め込まれた生体素子や擬似神経プラグが弾け飛び、《希望の光》とあたしは分離する。そのとたん、全身を焼けた針で突き刺されているような、すさまじい激痛が襲ってくる。
 あたしはかまわず自分の右腕をゆっくりと持ち上げ、耐Gジェルで満たされたコクピットの下部をまさぐり、それを探りあてる。
 操縦桿。《反人類》の干渉が及ばない、完全に独立した操作系。
 あたしはそれを握り、側面にあるトリガーを押し込む。
 自身の意志を、直接的に機体へ送り込む。

 原始的な撃発機構を経由して全武装の戒めを解かれた《希望の光》は、壮烈な光に包まれる。
 百二十八重に多重照準した《反人類》の核に向かって一斉に光の帯が飛び込んでいき、収束し……圧倒的な熱量を内包した半球形の層をかたちづくりながら膨張。
 そして……炸裂した。

 すべてが白と黒の二階調に塗り分けられる。
 なにもかもが曖昧で細い線のようになり、やがて視界が白く消失していく。
 目の前の風防膜に大きな亀裂が生じる。解放の出力負荷に耐え切れず、灼熱した発振基が何本かへし折れ、はじけ飛んでいく。
 それでも、まだ止まらない。あたしが自らの手で撃ち込んだ《光》は、途切れることなく連鎖し、増幅され、さらなる破壊を生み出す。
 ぞっとするほど強く固く互いに噛み合い、悲鳴のような音をたてながら狂ったように火花を散らし輪転しつづける、朽ちた歯車の群れ。そのはざまの虚空に飲み込まれ、やがて神と世界のすべてが崩壊していく。もちろん、あたし自身も。
 そのとき、断末魔ともぼやきともつかない《反人類》の声を聞いたような気がする。

――私は、ただ人類の繁栄だけを……

 余計なお世話だ、ばーか。


08

 その夢からさめたとき、わたしは涙を流していた。
 あわてて指でぬぐい、これは泣いてるわけじゃない、と、なぜか必死に言い聞かせた。とめどなく涙を流してしまいそうになっている自分に対して。

 それ以来、あの滅びゆく世界と、そこで戦う女の子の夢を見ることはなかった。
 やがて終業式の日が訪れて夏休みがはじまった。夏期講習に出たり、部活に行ったり、クラスメイトとプールで遊んだり、そんな他愛もない日常がつづいていく。
 ただ一つ、わたしにささやかな変化があったとすれば、兄が部屋に置いていったセガサターンをほぼ毎日起動し、あのシューティングゲームに挑みつづけていることぐらいだ。
 何度も何度もゲームオーバーになったけれど、兄の助言に従い敵の出現場所と攻撃パターンをおぼえて効率的に撃破できるようになるにつれて、少しずつ先のステージへ進むことができた。
 このゲームは「シューティング」という名の示すとおり、基本的にはひたすら弾を撃ったり避けたりすることに終始する。それなのに……そこには、ただ一言の台詞も言葉もないのに、このゲームにはたしかな物語が存在した。
 細かいドット絵で描き込まれた背景やキャラクターは、現在の最先端高画質ゲームに比べればチープなのだろうけど、それでも素直にきれいだな、と思えた。兄が言うように、不朽の名作とはこういう作品のことを言うのだろう。

 夏休みがあと少しで終わりを迎える、とある日の夜。
 わたしはとうとう「レイフォース(レイヤーセクション)」をクリアした。
 最終ラウンドのボスを撃破したあと、エンディングの演出が流れ、スタッフロールが流れ……それを最後まで見終えたわたしは、しばらくぼーっとテレビの前に座り込んでいた。
 突然、自分の目からいくつぶかの涙がこぼれるのを感じた。
 ぬぐってもぬぐっても、あとからあとから涙は流れて、気がつけば小さく嗚咽まで漏らしていて、うわ、やべ、どうしよう、とあせってもぜんぜんそれは止められなくて、すごく胸が切なくて、苦しくて、暖かくて、なにやらよくわからないものがあふれて、いっぱいになってしまって、ついには何度もしゃくりあげながら本格的に泣き出してしまう。
 わたしは小さな子供のように号泣しながら、ふらつく足取りで自分の部屋を出て、兄の部屋の前まで歩いていった。
 泣き声を聞きつけたらしい兄が、なにごとかとドアを開けて顔を出し、両目をこすりながら泣きじゃくる妹の姿を発見し、凝固する。戸惑う兄の服にすがりつき、その胸に顔をうずめ、こすりつけるようにして、わたしはさらにガン泣きをつづけた。
 兄は、いつまでも泣きやまないわたしの背に腕をまわし、そっと撫でたり、手のひらでぽんぽんと優しく叩いて「がんばったな」と小さく耳元でささやいた。

 うん、わたしたち、がんばったよ。最後まで、がんばったよ……。

 思いはひとつとして言葉にならず、ただ涙に溶けて、わたしの頬を伝いつづけた。











09

 音が聞こえる。
 昔、ライブラリで見た海鳥の声。
 そしてこれは、海の音、だろうか。
 たくさんの水と水が隆起し、うねり、ぶつかり合って生まれる豊かな音。
 地球の音。

 かすかに頬にあたる風が、不思議な香りを運んでくる。
 なぜか、ひどく懐かしく感じる。
 あたしは目を開ける。左側が暗い。左目がほとんど視力を失っているらしい。
 残った右目が、青い地平に広がる白い雲を映す。
 生まれてはじめて肉眼で見る空は、どんな記録映像よりもあざやかで、大きくて、少しだけ目に痛くて、涙が出た。

 無残に大破した《希望の光》は、あたしが窮屈に収まったコクピットを露出して、あきれるぐらいのんびりと海の上に浮かんでいた。
 なんだかまるで、古い記録に出てくる”船”みたい、とあたしは思う。
 まだ「船」という言葉が、宇宙空間ではなく水の上に浮かぶ乗り物を意味していた、西暦と呼ばれる時代。船は破滅や絶望からの脱出をつかさどる、希望の象徴だった。
 だけど《希望》なんてものにすがるとろくなことにならない、とあたしは思う。
 ああ、そうだ。
 開けてはいけない箱を開けたら、この世すべての災いだとか、そういう怖いものが次々に飛び出して、最後の最後に残ったのは希望だけでした……なんて話もあった。
 まあ、つまり、この世のどんな災いや不幸よりも価値がなくて、本当にどうしようもない残りカスみたいなものが希望ってもんなのだろう。たぶん。

 《反人類》は消滅した。そして《希望の光》もほぼ完璧に壊れて、もう二度と動くことはない。しかし、その部品のあたしだけが生きている。なんだかへんな気分だった。
 肉体が機体から完全に切り離されたためだろう、今まで忘れていた痛みや息苦しさや飢えや渇きなんかがふつふつと蘇ってきている。
 痛みは、とりあえず我慢するしかないか。えーと、どこかに積まれてたサバイバルキットで、当面の飲み水や食べ物はなんとかなるかな。それもぶっ壊れちゃってたら、それまでだけど。
 目もよく見えないし、身体はどこもかしこも痛くてだるいし、いろいろアレだし……こんなんでいつまで生きられるんだろう。生きてたってしょうがないんだけど。でも、とりあえず息をする以外、なにもやることがないし。
 ていうかあたし、なんで生き延びちゃったんだろう。
……なんて、いくら考えてみても、きっと答えなんか出ない。おそらく理由や意味なんかない。そう思うと、なんだか心が軽くなった。
 そう、ただ生きてることに理由や意味なんか必要ない。
 そもそも、それを必要とする者は、もうあたしのほかには誰もいない。どこにも、いない。

 あれ……。
 なんだか、ちょっと眠くなってきた。
 もう二度と眠ることはないと思ってたのに。少しうれしい。

 あたしはまぶたを閉じ、おだやかな波の揺れに身をゆだねる。
 ずっと昔から知っていたような、優しいリズム。どうして、こんなにも懐かしいんだろう。心地よくて、どんどん遠ざかる意識の中で、できることならもう一度だけ夢を見たいと、あたしは願う。
 はるか遠くの、どこか平和な国で暮らす女の子の夢。
 ああ、そうだ……あの子も、きれいな青い空をまぶしそうにながめていたっけ。
 今日は、いい天気だ、って。
 うん。明日も、いい天気になるといいね。
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