獏ライブ!

2013/03/12

アニメ「ラブライブ!」がおもしろいので、各話の見どころを夢枕獏風に紹介したい。


第1話「叶え!私たちの夢——」

「廃校――」
 高坂穂乃果は目眩を感じた。
 年々生徒の数が減じている。ゆえに廃校。
 明快であった。
 そのあまりに明快すぎる論理が、穂乃果の眼前に硬い石壁のようにそびえていた。



「おまえたちが、スクールアイドル活動だと」
 生徒会室は澱んだ空気に満ちていた。
「認められぬ」
 生徒会長と名乗ったその女は、穂乃果たち三人を睨めつけながら拒絶の言葉を口にした。
 露国人の血が混じっているらしい。羆のような体軀であった。
 だが――
 白い、嫋やかな指をしている、と穂乃果は思った。
 会長の放った、
 しゅう……
 という獣の呼気にも似た冷気が肌をなでた。
 ぶるり、と肉が震えた。
 だが、同時にその言葉は熱い何かを感じさせた。
 熱――
 熱である。
 長い時をかけて火中で炙られ、歪にねじくれた鉄のごとく、冷めやらぬ熱を秘めていた。



 三人は生徒会室を退室し、校舎を後にした。
 その歩みは、重い。
 重い、足取りであった。
「なあ、穂乃果よ」
 それまで黙していたことりが、短く問うた。
「やるのか」
 問われた穂乃果は――歌った。
 高らかに歌いながら、走り出していた。

――だって 可能性感じたんだ
――そうだ……ススメ!

 走っている。
 穂乃果は、走っている。
 何故、走っているのか。
 自分は何に抵抗しているのか。
 スクールアイドルで生徒集めなど無理だと言われたことに対してか。
 それを受け入れるしか無い現実に対してか。
 わからない。
 わからない穂乃果が歌っている。
 傍らには、南ことりと園田海未がいて、同じように歌っていた。
 彼女たちは疑いようもなく――終生の友であった。

「わたし、やる」
 歌い終え、その躍動を止めた穂乃果は言った。
 力に満ちた言葉であった。
「やるのか」
 海未の問いに、少女は太い笑みを浮かべた。
「やる。やるったら、やる――」
 桃花の下で笑った。
 春である。
 たまらぬトゥモロウであった。


第3話「ファーストライブ」

「テンポが遅いぞ、穂乃果っ」
 海未の叱咤が飛ぶ。
 なんという声であろうか。
 それは雷鳴であった。
 細身と呼んでもよい海未の身体が、急に一回り大きくなり、ぐうっと迫ってくる。
 穂乃果はしにものぐるいで踊る。
 ファーストライブに向けた、特訓である。
 校舎の屋上には、熱が満ちていた。

 脚が痛かった。
 動くたび、みりみりと靭帯が伸びる音がした。
 それでも穂乃果は笑っていた。

 地には南ことりが転がっていた。
 ことりは血の小便を赤い河のように漏らしながら、失神していた。
 後背筋を鍛えるために重い米俵を腹の上に載せ、大きく仰け反るという常軌を逸した鍛錬のさなか、ついに限界を超えて忘我の地へ旅立ったのである。
「くむっ」
「くむっ」
 痙攣しながら、ことりは小さく呻いていた。
 中天の下、穂乃果はアンモニアの匂いを両の肺に吸い込んだ。
 臭い――
 その匂いは、さらに強くなってゆく。
 それは近づいてくるライブ――「生」の鼓動であった。



「始まるな」
「そうだな」
「わたしたちは、やるだけのことをやった――そうだな」
「ああ」
 ファーストライブが、始まろうとしていた。
 開幕直前のステージに立ち、穂乃果たちは互いに笑みを交わした。
「ゆくか」
「ゆくのか」
「ゆこう」
 眼前の暗褐色の緞帳がゆるゆると昇ってゆく。
 そこには――

ラブライブ無人

 そこには、何者もいない。
 何者も存在しなかった。
 それは寂寥であった。
 それは虚無であった。
 それは虚空であった。
 空であり、無であった。

 ステージに立つ三人の瞳は、奈落のような色をたたえていた。
 やがて穂乃果が言った。
「うむっ」
 唇に、悲愴な笑みを浮かべていた。
「それはそうだ――世の中、そんなに甘くはない」
「穂乃果」
 ことりが言った。
「穂乃果よう」
 海未が言った。

 そこへ――
 一人の女生徒が講堂へ駆け込んできた。無人の客席を見て、驚いている。
 まさか、もうライブは終わってしまったのか――
 困惑の表情を浮かべ、右往左往していた。

 それを見て、穂乃果は笑った。
「やろう」
 笑いながら、言った。
「やるのか」
 海未が問うと、穂乃果は、ごうっと炎のような息を吐いた。
 なんだ。
 なんなのだ。
 この娘から感じる、この熱いものは――

「全力で、歌おう」

 その言葉を耳にした二人の体内に、得体の知れないものがせり上がってきた。
 深く――
 深く、空を吸った。
「ひゅうっ」
 誰もいないはずの虚空を飲み込むように、強く吸い込んでいた。
 身体の奥底に渦巻き堆積してゆくそれを、丹田からゆっくりと導く。
 やがてゆるりと腹と胸を巡ったのち、大きく開いた口腔から解き放った。

 獣の咆哮にも似た、それは産声であった。




「――」
 講堂に駆けつけた唯一の観客。
 小柄な眼鏡の少女――小泉花陽は、たまらず失禁した。
 そうさせる力が、穂乃果らの歌に込められていた。
 すさまじい代物であった。

「これは、すごいな」
 髪の短い、活発な印象の少女が花陽に寄り添っていた。
「すごい――」
 花陽の尿の量が、ではない。
 ただ彼女に付き添って訪れただけの講堂。
 そこで、ほとんど観客もいないままに歌っている三人が、である。
「これが、スクールアイドルか」
 微笑みながらそれを、じいっと見ている。



「ふん」
 穂乃果たちの歌を眺めながら、生徒会長は肉食獣の呼気にも似た吐息を漏らした。
 スポットライトの下で輝く三人に、翡翠のように美しく怜悧なまなざしを向けていた。
「まだ、ぬるい――」



「認めぬ」
 小柄な三年生が、座席の陰で爪を噛んでいた。
「にっこ、にっこ……にいん」
 狂おしく目を血走らせた少女は、喉から臓腑の塊を吐くようにつぶやいた。



「完敗からのスタート、か――」
 その女は、講堂の扉の前の壁に背を預け、泰然と少女たちの歌声を聞いていた。
 生徒会副会長の東條希である。
 太い、女であった。
 それはただそこにある山であった。
 あるいは海と呼んでも許された。
 ただそこに在るだけで、すべてを内包していた。
「――」
 希は丸太のような胸を揺らし、先刻から通路の陰に隠れているもう一人の少女に視線を放った。
 びくり、と小さな肩が震えた。
 隠れていたのは、西木野真姫という名の一年生であった。
 歌が好きで作曲の技にもたけており、穂乃果たちに密かに楽曲を提供したものの、素直に仲間になれない不器用な娘であった。
 真姫は、副会長の意味ありげな視線を疎ましく感じた。
「なんなの」
 必要以上に剣呑な言葉が口をついて出た。
 なんなのだ。
 まさか私は、怯えているのか? この女に――
 つう、と頬に汗がにじむ。
 真姫の挙措を鑑賞して堪能したというように、希は黙って太い笑みを浮かべた。
 どきり、とした。
 異様な笑みであった。

 知っているぞ――
 わかっているぞ――

 女はすべてを見通し、万物を掌上に転がし、薄く嘲笑ってさえいるかのようであった。



 歌を終えた穂乃果たちに、生徒会長は言った。
「これから、どうするの」
 凍えるような声音の中に、底知れぬ熱を秘めた問いであった。
 熾烈な問いかけであった。
 しかし、穂乃果は臆することなく言った。
「やります――いつか、ここを満員にしてみせます」
 瞳には星のような輝きを宿していた。
 不意に、その場にいたすべての者の胸に――
 どくん、
 という音が木霊した。

 ああ、そうか。
 はじまるのだ。
 とうとう、はじまる。
 わたしたちの――

 開闢を告げる脈動だった。
 それは始まりの、鼓動であった。



 やるよ……。
 穂乃果は両隣にいる友に、囁くように言った。

 ことりよ。
 海未よ。
 わたしについてこい。
 わたしは必ず、ここを満員にするだろう。
 わたしは休まない。
 もしも、わたしが疲れただのなんだのと言って休もうとしたら、わたしをセンターから引きずり下ろせ。
 わたしのステージ衣装を剥ぎ取り、色とりどりのサイリウムを秘所に突き立てるがいい。

 ことりよ。
 海未よ。
 そしてまだ見ぬ未来の仲間たちよ。
 約束するぞ。
 スクールアイドルとして天下を取る。
 必ず廃校を食い止めてみせる。
 それが、わたしにできることだ。
 それのみが、わたしにできることだ。

 そうして穂乃果は、光と闇が交錯する舞台へ足を踏み出していった。
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