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ナイフで刺されたがとくに何事もなかった話

2013/11/19

 人は中年になるとしきりに昔のことを思い出すようになる。少なくとも俺はよく思い出す。ああ、そういえば俺にも高校時代ってやつがあったよなあ、と高校を舞台にしたアニメなんかを観ながら思い返す。
 共学ではあったけれど女っ気は皆無だったし、部活とかで熱いバトルを繰り広げたりもしない凡愚きわまるハイスクールライフを送っていたが、そういえばナイフで刺されたことが一度だけあった。今も腹部に傷痕が残っている。

 高校三年生の、たしか秋ごろだったと思う。文化祭の準備に追われていた記憶がある。
 俺を刺したのは同じクラスのSくんという男子だ。よく言えば素朴でおとなしい、悪く言えば暗い感じの少年で、クラス内のヒエラルキーは低かった。暑苦しくて根暗なデブであるところの俺とSくんは自然に仲良くなり、よく本やゲームの貸し借りをしていたものだ。
 富野作品を愛していた彼から、俺は「ガイア・ギア」のラジオドラマCDだとか「逆襲のシャア」のVHSを借りたりしていた。
 彼から借りたスーパーファミコンのソフト「バトルロボット烈伝」で初めてダイターン3を知ったのもいい思い出だ。
「このゲームには隠し機体としてダイターン3というロボが出てくるんだ」
 ソフトを俺に渡しながら、Sくんは言った。古いアニメの知識を持たない俺は、そのロボットの名を聞いて首をかしげた。
「それはどんなロボットなんだい」
「なんというか、すごく……大胆なんだ」
「大胆なのか……」
 などとつぶやいて、俺たちはくすくすと笑い合った。

 そんなSくんがどうして俺を刺したのかというと、別段深い理由などはなくて、結論を言えば単なる事故だ。
 彼は刃渡り五、六センチ程度の小さな折りたたみナイフを常にポケットに入れて持ち歩いていた。そう書くとかなりヤバい人のように聞こえてしまうが、当時の俺はそのことについて特になにも思うところはなかった。俺と同様、年頃の高校生として平均的かそれ以上にひねくれて面倒なところもある男だったが、ことさらに気味の悪いやつだと思うこともなかったし、怖がることもなかった。なぜ彼がナイフを持つのか疑問に思うこともなかった。単なる個性、あるいは癖の一つとして割り切ってしまっていた。要するに俺は、鈍感な少年だったのだと思う。

 いつだったか彼がこっそり見せてくれた黒い刀身のナイフを手にして、俺は「玩具みたいだな」と感じた。家の台所にある果物ナイフのほうがはるかに武器として迫力がある。
 Sくんはときおり、そのナイフを握り込んで俺にギリギリのところまで突き出すような真似をすることがあった。仲のいい友人がふざけてパンチをするような感じで。
 Sくんには無論、本気で俺を傷付ける気などなかったはずだが、彼は訓練を受けたナイフの名手でもなく、むしろ人一倍視力が悪かった。
 そういうわけで、事故は起こるべくして起こった。とある秋の放課後、いつものように彼がふざけて突き出したナイフは俺の学生服とアンダーシャツをあっさり貫通して、みぞおちのあたりに滑り込んだ。
 Sくんはナイフを手元に戻していたが、おそらく刺した手応えをまったく感じていなかったのではないかと思う。刺された俺のほうも同様で、衝撃や痛みはまったくなかった。
 その数秒後、腹にかすかな違和感をおぼえて、手で触れるとべっとりと血が付いていた。これにはさすがに驚いた。
「あっ」「えっ」「わっ」
 Sくんと、その場に居合わせていっしょにダベっていたボンクラ仲間のAくんとWくんがへんな声を出した。
「これ、洒落にならん」
 と、俺は赤く染まった自分の指を見ながらつぶやいた。とりあえず保健室行ってくるわ、と言って、Sくんたちと別れた。誰か付き添ってくれてもよさそうなものだったが、今思えばきっと彼らも放心状態というか、それなりに気が動転していたのだろう。

 腹を押さえながら入った保健室にはバスケ部の下級生が何人かおり、まずまずの繁盛といった様子だった。普段保健室に訪れることなどないので、それが普通なのかどうかはわからなかった。
 バスケ部員の突き指かなにかの処置をしながら、保健の先生は入り口に立つ俺に目を向けた。あー、今ちょっと忙しいんだけど……という素振り。なんとなく空気を読んで、俺は保健室を辞した。あの場に割り込んでまで自分の処置を優先してもらうことに抵抗を感じたのだ。刃傷沙汰として騒ぎになってしまってはマズかろうという判断も少しあったと思う。
 仕方なく、俺は自分の家に帰ることにした。通学に使っているママチャリにまたがりペダルをこぐと、腹に引きつるような痛みが走った。おそるおそる、できるだけ腹筋に力が入らないようにしながら、いつもの倍近い時間をかけて自宅に帰り着いた。部屋の中で学生服を脱ぐと、白いアンダーシャツが真っ赤に染まっていて、それを見た母が「ちょ、どうしたの、それっ」と素っ頓狂な声を出した。とりあえず「自分で自分の腹にうっかりカッターを刺してしまった」というひどく苦しい説明をしつつ、シャツを着替えて近所の外科医院に行くことにした。
その小さな病院の先生にも同様の言い訳をしたのち、俺は腹の傷口にガラス棒を突っ込まれた。これはさすがに痛くて苦しかった。
「これ、五センチは入ってるよ」
 俺の血が付着したガラス棒を示しながら先生は言った。傷の深さが五センチにも達するということらしい。小指ぐらいなら楽に入ってしまうような深さだ。
「内臓(なか)まで達してるかどうかは、大きな病院じゃないと検査できないね。今、クルマを呼ぶから」
 そう言ってどこかに電話をかけると、数分もしないうちに遠くからサイレンの響きが近づいてきた。クルマというのは救急車のことだった。
 病院の入口で停まった救急車の後部から、救急隊員の人が車輪のついた担架を勢い良く引き出してきた。
「急患の方はどこですか?」
 と尋ねられて、俺はおずおずと「はい」と片手を挙げた。
 隊員は少し拍子抜けしたような顔で俺を見つめた。妙にばつの悪い気分になりつつ、隊員に付き添われて救急車に乗り込んだ。いちおう急患ということになっている俺を乗せた救急車は、けたたましくサイレンを鳴らしながら周囲の車を停止させ、赤信号を突っ切りまくった。そのすさまじい急行ぶりに、俺は思わず「あの、そんなに急がなくても……」と言いそうになってしまった。そもそも学校からチャリをこいでちんたら帰ってこれるほどの元気はあるわけで、今さらそんなに急いでも仕方なかろうにと思ったのだ。
 そうこう考えているうちに大きな総合病院に到着した。検査の結果、まあ予想通り内臓に達するような深い傷ではなく、消毒して縫合しておけば数週間ほどで問題なく治癒するということだった。
「お腹の肉が厚くてよかったね」
 と担当医は言い、俺は苦笑いを浮かべた。

 その日は大事をとって病院に泊まることになった。
 俗にいう入院というやつだ。生まれて初めての経験である。左腕に点滴を装着されたのだが、もちろんこれも初めての経験だ。トイレに行くときに点滴台をがらがらと引いていかなければならないのが非常にわずらわしかった。
 病室は広くて清潔で、俺のほかに数人の同室者がいた。そこは自分の家とも学校の教室とも違う、異質な空間だった。テレビや漫画で見た「病室」のイメージとは根本的に違う。というか、テレビや漫画では伝えきれない情報があるのだろう。あの独特の空気の匂いとか、重さをともなった静けさとか、名状しがたい泥にも似た気だるさのようなもの。
 病室での一夜が明け、朝が訪れると病室のスピーカーから看護師さんたちの生合唱とおぼしき賛美歌が流れてきてびっくりした。未だによくわからないが、どうやら経営母体が宗教系というかそういうアレの病院だったらしい。

 午前中で無事に退院し、午後からは普通にチャリに乗って登校した。
 Sくんはいつにも増して悪い顔色で「昨日からいつ俺の家に警察が来て捕まるかとびくびくしていたよ……」と言って、弱々しく笑った。そんなわけないじゃん、と俺も笑ったが、よく考えてみれば危ないところではあった。
 Sくんがナイフで俺の腹を突いたあのとき、もし俺が一歩分でも彼に近いところに立っていたら、どうなっていたかわからない。重傷に至るか、ひょっとすると死んでいたかもしれない。それによってSくんの人生も、変わっていたかもしれない。
 そう考えはしても、特別に恐怖を感じたりはしなかった。正直、うまく想像できなかったのだ。あるいは、やはり俺は鈍感だったのだろう。高いビルの窓から下を覗きこんだときのほうが、よっぽど恐ろしい。それは今に至るまで変わらない。
 たぶん己の人生の中でもっとも死に近づいた、あの日のことを思う。
 けれど、それを経てなにかが劇的に変わることはなかった。
 血まみれになったシャツは丸めて捨てられ、文化祭の準備は滞りなく進み、Sくんとは友人として卒業するまで変わりない関係をつづけた。
 ちなみに彼は、あの日以来さすがにナイフをもてあそぶことをやめていた。変化といえばそれぐらいだ。
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