中年のための中学生日記

2014/01/28

 年が明けて一年のうちでもっとも寒い時期が訪れると、いつも中学生時代を思い出す。
 輝かしい思い出などではなくて、耐えがたい慙愧の念とともに思い出しては、どうして俺はもう少しうまく中学生時代を過ごせなかったんだろうと頭を抱える。

 勉学、運動、友情、恋とかもろもろ、なにひとつうまくこなせなかった。
 びっくりするぐらいこなせていない。

 修学旅行では、そう言えばグループの班長をやった。
 今思い出した。グループで誰もやりたがらなかったので俺が押し付けられたのだった。
 そもそも最初にやったグループのメンバー決めにしたって、俺はいい具合に余り者となり、いたたまれない感じでそのグループに入れてもらった記憶がある。
 そして班長を押し付けられた。
 自己主張の苦手な根暗なデブでしかない俺には、それに甘んじるほかなかった。
 グループにおける旅行の目標を発表しなさい、と先生に言われ、班長が何分かずつスピーチするという場面があった。俺はしどろもどろになって、なにか自分でもよくわからんことをしゃべった。
 その直後に同じ班のシマダさんがおもむろに立ち上がり「あの、今、井上くんが言ったのはウチらの目標とは違いますから」と、すがすがしいまでの全否定を食らったことは一生の思い出だ。

 シマダさんは今はどうしているんだろう。
 それにしてもあの頃の同級生の女子は、なぜ一人称が「ウチ」の子が多かったんだろう。どうでもいいが。

 いや、どうでもよくはない。
 俺は、どうしてこうも十四歳を器用にこなすことができなかったんだろう。
 十四歳という時期をきちんと己の制御下に置いて輝かしく過ごすことのできる者は、まず間違いなくその後の人生においても成功するだろうと俺は思っている。
 逆に、俺をはじめとするダメな大人はたいてい中学生の時点でつまづいている。
 これはまず間違いない。
 中学生、あるいは思春期と呼ばれる多感な時代をきちんと過ごすことのできなかった者は、それからずっと後悔しつづける。
 何度も何度も、未練たらたらに、みっともなく後ろを振り返ってはため息をつくのだ。
 誰だってそうなんだよ、などという小賢しい言葉は言いたくないし、聞きたくもない。
 きっと俺が知らないだけで、黄金のように輝かしい中学生時代を送ることに成功した人がどこかにいる。
 そうに違いないのだ。
 


 冬の日、肌が切れるような夜風を浴びながら、がらんとした部屋に帰ると、なぜか中学生時代を思い出す。
 このまま漫然と生きていて、将来、俺はどうなっちゃうんだろうな、なんてことを真剣に考えていたあの日のこと。
 その真剣さすらも長続きせず、目先のしょうもないことに夢中になったり、やがて飽きたり投げ出したりしていた無為きわまる日々のこと。

 ドラゴンボールの「元気玉」を英語で記すと?
 そんな命題に取り組んでいた日のこと、あるクラスメイトが死んだ。

 中学二年のときだったと思う。誰にでも一度はあった、リアルな中二の時代。
 彼は中一のときのクラスメイトで、いわゆる不良だった。
 デブだった俺は当然、微妙に絡まれたりこづかれたりしていた。

 彼は二学期の半ばでいきなりどこかへ転校し、約一年後、二年の冬にまた同じ中学校に戻ってきたのだった。
 どういう経緯があったのか詳しくは知らない。久しぶりに見た彼の髪の毛は、校則で許されない茶色に染まっていた。
 そんな彼が戻ってきて一ヶ月ぐらいが過ぎたころ。
 スクーターだかバイクの無免許運転で道路を猛速度で突っ走り、すっ転び、あっけなく彼は死んだ。

 その日の朝は、校内の廊下で泣いている女子が何人かいて異様な雰囲気だった。
 緊急の全校集会があり、事の次第が硬い表情をした校長先生の口から語られ、一分間の黙祷があった。
 俺は中学生という時代に後悔しかないが、それをまっとうすることもできなかった彼に比べればまだマシなのかもしれない。
 クラスメイトの突然の死はひたすらに現実感に欠けていたし、正直なところ俺は泣くことも悲しく思うこともなかった。
 ただ、馬鹿なことをしたもんだな、とは思った。
 小さな子供のように泣き喚く不良仲間の女子を見るに、ああ、彼はモテてたんだなあと。もしもおっぱいを揉めるなら肝臓の一つぐらいは売り払っていたかもしれない、性衝動にだけは満ち満ちていた中学生の俺は、ただただ、ああもったいないなあと繰り返し思った。
 そして、俺が死んでも泣く娘は誰もいないよな……などと考えて無用に落ち込んだりもした。
 まあ元気玉の英訳は「ハッスルボール」で決まりだな、などというたわごとを考えている男子中学生は、むしろ毎日落ち込むぐらいでちょうどよかったのかもしれない。

 あれから二十数年が経過したが、あの朝、慟哭していた彼女たちは今どうしているんだろう。
 俺のように中学生時代を思い出して、ハードなラックと踊ってしまった彼のことを思い出すことがあるのだろうか。

 ふと、彼のフルネームをgoogleで検索してみる。
 結果。
 なにも出てこない。
 生の証も、死の記録も見つからない。
 もしそれを見つけようと思ったら、どこへ行って探せばいいんだろう。
 学校? 役所? 警察署? 彼の実家?
 少なくとも、たぶんもう俺には絶対に見つけられないどこかだろうし、そもそも見つける気もない。

 自分の名前を検索することは、決してしない。
 ありもしない自分のなにかを現実に求めるようなことはしない。
 その代わりに俺はいつも、寒い冬に閉ざされた中学生時代を回想する。
 生死の定かならぬ猫の入った小さな箱のような中学生時代を観測する。

 俺たちは、もう少しうまく生まれて、器用に生きることができたはずだ。
 あるいは、同時にもっと上手に死にぞこねたり、生きあぐねたりできたはずなんだと。
 ひょっとするとこの世のどこにもないのかもしれない、まばゆい光輝に満ちた中学生時代を、遠い世界に重ねあわせるように夢見ながら、今夜もせいぜい凍えないよう毛布にくるまるのだろう。
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