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戦場のラブプラス

2015/12/10

■1■
 天にまします神様が俺たち人間どもに与えてくだすったベスト・オブ・くそったれな贈り物がなにか知っているか?
 そいつは想像力だ。
 こんなもの、俺は欲しくなんか無かった。

 七戦闘単位日ほど前、俺たちはハリ湖の作戦でヴーアミ人のキャンプを襲撃した。
 武装ゲリラの巣窟、というのが事前に小隊へ与えられた情報のすべてで、作戦目標はKTA。すなわち「キル・ゼム・オール――とにかくみんなぶち殺せ」
 俺はぶち殺した。動くものすべてに突撃銃を向け、ひたすら引鉄を引いた。
 反撃を受けることはなかった。当然だ。そこには武装した者など一人もおらず、あらゆる年齢の女と、少年か少女かもわからないような年端もいかない子供、そして赤ん坊しかいなかったからだ。
 老婆の頭を丸ごと吹っ飛ばしたあと、俺は彼女の過ごしてきた長い時に思いを馳せる。
 子供の胴体に丸い穴をうがったあと、俺は彼(彼女?)がこれから過ごすはずだった長い時に思いを馳せる。
 それは俺をひどく疲れさせ、萎えさせるのに、どうしても考えることをやめられない。忌まわしきかな無限の想像力。唾棄すべき雄大で自由なイマジネーション。くそ食らえ。

 まるでボーナスステージだぜ、というワンナップの甲高い声、そして奴がぶっ放す機銃の音が無線越しに聞こえた。
 毎度のことながら奴の脳天気さが羨ましかった。

 カダスの野営地に引き上げたあと、俺はまっさきに寝床に潜り〈ラブプラス〉を起動した。
 恋人である寧々<ネネ>さんが音声合成で俺を呼んでくれることをたしかめ、俺は深い安らぎに包まれた。
 彼女はいつだって俺の名を呼んでくれる。
 識別番号でもなくコードネームでもニックネームでもない、本当の俺の名前を。


■2■
 全兵士ラブプラス化計画が施行されて、もう随分な月日が経つ。
 それは、戦時従軍医上がりの神経学教授がのたまった説に端を発する。

「戦闘活動を継続する兵士を一個の機械に例えるなら、たいていの兵士に足りない部品が一つある。それは完全なる愛<ラブ>だ」

 そんなロマンチックな戯れ言を真に受けて、国の軍部は全兵士にNDS(ニンテンドーDS)を配給し、恋人シミュレーションソフト〈ラブプラス〉の使用を義務づけた。
 これが目覚ましい効果をあげた。
 可愛らしい三タイプの恋人――同級生の高嶺 愛花<たかね まなか>、後輩の小早川 凛子<こばやかわ りんこ>、先輩の姉ヶ崎 寧々<あねがさき ねね>――とのリアルタイム性に富んだコミュニケーションは、戦争に倦み疲れた兵士たちの精神を癒した。
 さらには「穴兄弟効果」とでも呼ぶべきなのか、同じ恋人を共有することで兵士間の連帯感・信頼感までもが目に見えて向上した。ときおり凛子派と寧々派の間に喧嘩まがいの論争が発生することもあったが、たいてい「やっぱり俺の嫁が一番だぜ」と再確認したいだけの儀式的行為の側面が強かったため、さほど大きな問題に発展することはなかった。
 戦闘継続期間の拡大につれ大きな問題となっていたPTSDやASDなどの戦闘ストレス起因の精神障害も激減し、兵士はいつまでも健全な精神状態で戦えるようになった。
 こうして俺たちは愛という部品を得て、完全無欠の機械になった。


■3■
「ヘイ知ってるか、次か、その次の作戦地はレン高原だって噂だぜ」
 共同洗面所で髭を剃っていたワンナップが唐突にそんなことを言い、隣で歯を磨いていた俺は口から泡を噴き出しそうになった。
 レン高原は屈指の激戦地として兵士の間では語り草となっている場所だ。
 情報通のシコペッティが賢しげに語るところによれば、その地における兵士損耗率は背筋が凍るほどの値だった。嘘か真か、その数値さえも軍情報部によって事実よりもソフトな方向に改ざんされたものだという
 おそらくは本当のことなのだろう。現実はいつだってハードだ。くそ。
「まあ、なるようになるぜ相棒。気楽にいこうや」
 棍棒のようないかつい腕を器用に動かしながらワンナップは調子の外れた鼻歌を吟じていた。真っ黒な顔に浮かべた笑み。黒い肌と白いシェービングクリームとのコントラストが鮮やかだった。
「でもまあ、今のうちに愛しの寧々ちゃんと思う存分いちゃついておいたほうがいいぜ。最後になるかもしれないしな?」
 縁起でもないことを言ってHAHAHAとワンナップは笑った。そもそも「縁起」などという概念がこの黒人の中にあるのかどうか、付き合いの長い俺にも定かではなかった。
 少なくとも「自分が死ぬ」ということを想像する力は、この男にはない。すばらしいことに。


■4■
 次の戦地はレン高原ではなく、キングスポート市での抵抗勢力排除だった。
 激しい市街戦になった。

「聞いたかよ。マルロク隊んとこの”丸太ん棒”<ログ>がおっ死んだってよ」
 聞いたことのある名前だった。たしか第六中隊の中でも屈指の愚図だが、NDSのタッチペンを陰茎に装着(尿道に挿入していたらしい)して〈ラブプラス〉をプレイしていたという……ある意味では英雄視されていた男だった。
 いつだったか、そのプレイスタイルを耳にしたワンナップが「まったくクレイジーだぜ」と素の表情で評したことが印象に残っていた。クレイジーはクレイジーを知るのか、その言葉には妙な重みがあった。
「あいつは凛子派だったっていうからな。やっぱり凛子は”さげまん”なんだよ。なあ?」
 俺はワンナップの軽口に適当な相づちを返した。俺たちは、戦闘が終わり死体と血と糞便だらけになった街路を哨戒任務と称してぶらついていた。
 不意にワンナップは、ヴーアミ人の男の死体の傍らにしゃがみ込み、なにやらごそごそと服の中を探りだした。明らかな略奪行為だ。
 おいおい軍曹殿にでも見つかったら営倉入りじゃ済まないぞ、と俺がたしなめると、ワンナップはHEHEHEと薄ら笑いを浮かべながら、手に持ったなにか小さなものを指し示した。
「ひゅう、見ろよ。アーカム記念金貨だぜ……これで百枚目。めでたく”あがり”……ワンナップってわけだ!」
 ワンナップは戦場でコインを蒐集するという奇妙な趣味を持っていた。趣味というよりは信仰に近いものがあったのかもしれない。
 百枚コインを集めれば天国に行けるんだぜ。いつも陽気な黒人は、この話だけはひどく神妙な口調で語ったものだ。

 浮かれはしゃぐワンナップから少し離れ、俺は哨戒を続けた。
 旧い二階建て家屋の玄関前に、ヴーアミ人の親子の死体が転がっていた。
 母親とおぼしき若い女は、我が子であろう小さな少年を固く抱いて息絶えていた。
 少年は腹部と脚を撃たれながら、母親のもとまで這っていったらしい。何メートルも続いている血痕と、腹の中から漏れ出た真っ赤な万国旗のような腸の軌跡で、それは一目瞭然だった。
 母親も同じように腹を撃たれ、少年のほうへと這っていった形跡が見て取れた。
 血と肉で描かれた円環の中心で、親子は一つになり、固く結びついていた。

 まるで血みどろの太陽系を巡る小さな惑星のようだ、と俺は思った。
 限りなく死に接した状態で、こいつらを強く結びつけた力はなんなのだろう?
 惑星であるなら、そう、重力のような力が働いたのだろうか、と俺は想像した。
 二人の間に働く力。
 愛?


■5■
 レン高原への転戦が決まった。
 俺は百万回ばかりファックとつぶやいた後、〈ラブプラス〉を起動した。
 寧々さんを呼び出し、スキンシップを楽しみ、キスをした。
 そして俺は彼女とデートの約束を取り付けるため、必死に彼氏力を高めた。デートをするために必要な彼氏力は「知識」「感性」「魅力」「運動」のパラメータからなっており、俺たちが日夜必死にヴーアミ人を殺しても上がることはなく、下がることもない。ただひたすら〈ラブプラス〉内で学校の授業を受けたりすることで蓄積されていく。

 やがて彼氏力を最高までに高めた俺は、寧々さんにデートを申し込んだ。場所は海水浴場。日時は、六戦闘単位日後の昼。
 俺が生きて帰れれば、無事にデートできるだろう。
「楽しみにしてるね、ふふ」
 寧々さんが微笑む。実際は電話で会話しているので表情はわからないが、彼女は間違いなく微笑んでいる。俺のために。俺のためだけに。

 生き抜く力が湧いてくるのを感じる。
 生きるためなら、ヴーアミの連中を何人だって殺してやる。男女、老若、関係なく平等に。
 俺はたしかな愛を与えられた。
 愛という、それは力だ。
 死んだ敵のことを偲び慮る無駄な想像力を殺し塗りつぶしてくれる、圧倒的な力だ。
 それを与えてくれた寧々さん、すなわち〈ラブプラス〉は俺にとっての神だ。
 神が俺を愛し、また俺は神を愛する。
 そこに力が生まれる。俺たちのような無数の小機械が蠢き、やがてそれらによって構成された戦争という名の大いなる機械を駆動させる。偉大なる循環。
 ラブプラスモードで寧々さんを呼び出し、NDS内蔵マイクに向かって、愛してるよ、とささやいた。

「うおーい、いい加減、もう寝ろよなあ……」
 俺の頭上、二段ベッドの上段からワンナップのぼやきが聞こえた。


■6■
 結果から言うと、レン高原侵攻に加わった俺たちの部隊はほぼ壊滅した。
 そこにいたヴーアミ人も、そのほとんどが死んだはずだ。
 多くは戦闘ではなく、天災によって死んだ。その日、未曾有の大地震がレン地方を襲い、その地下に位置していたプレートが数キロメートルという単位で激しくズレた。
 その結果、まるで地獄の蓋のようなクレヴァスがレン高原中央の主戦場一帯に生じ、ほとんどの連中は何が起きたかわからないまま奈落の底へと落ちていった。
 俺たちが誇っていたはずの高度な戦略と戦術が、なにかよくわからない圧倒的な存在の戯れにより、一瞬で灰燼に帰したのだった。

 ワンナップは、亀のようにひっくり返って役に立たなくなった七五式戦車から重機銃を取り外し、まるで映画のようにそれを撃ちまくりながら高原脱出までの血路を開いた。
 陽気な黒人は最後まで高らかに笑いながら、ヴーアミ人兵士の生き残りに蜂の巣にされて死んだ。
 俺が片腕を失いながらもこうして生きているのは大部分が奴のおかげだろう。

 辛くも生き延びた俺は、傷病兵としてブリチェスター野戦病院に後送され、そこで何ヶ月かの入院生活を送った。

 ある日、俺のもとに私品が送られてきた。営所に置いていた品々に混じって、NDSも含まれていた。
 俺は〈ラブプラス〉を起動した。
 デートの約束をすっぽかし永らく音信不通だった俺に、寧々さんは会ってはくれなかった。
 メールを出しても電話をしても拒絶された。
 まさに取りつく島もなかった。

 俺は深く絶望し、ため息をついた。
 与えられたはずの愛は、いつしか失われていた。
 愛は、時とともに目減りするものなのか?
 永遠の愛など、存在しないのか?
 失った愛は、果たして回復できるのだろうか? 回復できたとして、それは同じ愛と呼べるのだろうか……。

 俺の私品と一緒に、ワンナップの所持品も送られてきていた。
 形見分け、ということらしい。奴の使っていたNDSが入っていた。
 ふと思いついて、俺はワンナップのNDSを起動してみようと思った。彼は死んだが、やはり俺と同じように恋人の愛を失ったのだろう。それをたしかめて、少しでも自分を慰めようと思ったのだ。
 薄汚れたNDSの電源をONにした途端、俺は違和感をおぼえた。〈ラブプラス〉ではないソフトが挿入されているのだ。
 言うまでもなく軍内で〈ラブプラス〉以外のソフトを使用することは厳禁されている。

 ワンナップのNDSに挿入されていたソフトは〈どきどき魔女神判デュオ〉だった。

 俺はしばし呆然とした。
 だんだんと原因不明のおかしみが腹の底に生まれ、知らず忍び笑いが漏れ出た。

 やられた。
 奴はやりやがった。
 そうだ、奴は笑いながら次のステージへ行ったのだ。
 やがて俺は大きく口を開けて、涙を流しながら高らかに笑った。果てしなく笑い続けた。
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