ドット・イン・ザ・ライフ

2016/02/27

■ロードランナー
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わけあって俺はゲーム「ロードランナー」をやっている。
やっている、といってもコントローラを手にしてゲームをプレイしているわけではない。実際に俺自身がランナー君となり、テレビ画面の中に散らばる金塊をひたすら集め、手にしたレーザーガンで地面に穴を掘って警備ロボットを埋めたりしている。
「どうしてこのレーザーガンで直接敵を撃たないんだ?」
そんな疑問は、俺自身が実際にロードランナーになってみても解消されることはない。もちろん直接敵を撃つこともできない。
なぜならそれがゲームのルールだからだ。
俺は地中深く埋まった金塊目指して足元に穴を掘り、飛び降り、また穴を掘る。
だが目算が狂っていたのか、俺は自らの掘った穴の中で身動きが取れなくなる。そしてゆっくりと穴はふさがっていき、俺は息絶える。

世界がポーズされ、俺の視界に古い壊れかけのテレビがときおり発するようなちらつきが広がり、スプライトが現れる。
凍りついた時の中に浮かんだ少女――スプライトは、穴に埋まった俺をつまらなそうに見下ろしている。
「あーあ、また墓穴を掘ったってわけね」
「そうみたいだね」
俺は光のない双眸で彼女を見返す。
ひらひらした服をひるがえしながら飛び回るスプライトは相変わらず美しい。しかし、その小さい花びらのような唇からつむぎ出されるのは、たいていは皮肉に満ちた言葉だ。
「これで合計639回のミス……残りステージは27。無駄な努力をまだ続ける?」
「ああ」俺は暗い土の中で息絶えたまま答える。「続けるよ」
スタートボタンが押し込まれる。
静止していた世界が動きはじめ、スプライトの姿が薄れていく。その美しい眉が憂いの相を帯び、彼女は丸いかたちのため息をつく。
「あんたさあ、とっくに気づいてると思うけど」
消え去る間際、冷たくも可憐な声が俺の耳に届く。
「ゲームの中に、ほんとに大切なものなんてないのよ」


■アーバンチャンピオン
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街のスナックバーのまん前で、俺たちは殴り合いをはじめる。
目の前に俺と同じような背格好の男が立っている。両の拳を顔の高さに構え、無造作なフットワークで近づいてくる。
拳の届く距離に入るやいなや男の放つストレートが顔面に飛んでくる。防いだ、と思ったその直後、ガラ空きだったボディに一撃が入る。二撃、三撃と腹を打たれた俺は苦しまぎれに反撃の拳を繰り出そうとして、待ち構えたようなカウンターパンチを顔面に食らう。
俺は後方に吹っ飛び、二回ほど華麗な後転を披露して地面を這う。
理髪店の入り口の前で立ち上がるなり、また男のパンチが矢のように降り注いでくる。上下に打ち分ける見事なコンビネーション。
ほどなく俺はふたたび路面を転がり、ストリートの冷たい路面と熱烈なキスを交わしたあと、ボロ雑巾のような身体を絞り上げるようにして立ち上がる。
林立する高層ビル。コンクリート・ジャングル。ジャングルで殴り合う獣たち。
「てゆうか殴り合いにもなってないじゃない。一方的すぎ」
あの少女、スプライトの呆れ声が聞こえる。
いつの世でもチャンピオンは勝者に贈られる称号であり、敗者は名もなく、ただ地を這うのみだ。
このゲームの場合は、地を這うことすら許されない。体重の乗ったストレートで量販店わきにあるマンホールに叩き込まれた俺は、闇の中をまっすぐ落ちていく。
下へ。下へ。奈落の底へ。

「また穴に落ちてるのね」
スプライトがささやく。声には呆れと侮蔑の色。
「あんたって、殴り合いに向いてないみたいね」
「どうやら、そうらしいね」
俺は同意する。
はるか上には、マンホールの小さな穴。その中に丸く切り取られた夜空が見える。星は見つからない。
「ねえ」
虚空を落ち続けている俺にスプライトが問う。
「まだ続けるわけ?」
「うん」
俺は特に考えることもなく返答する。それはなぜか、考えることもないことのような気もする。
「どうして? そんなにゲームが大切?」
どうしてだろう。その疑問の答えについては、実はよくわからない。知らないのか。あるいは忘れてしまって思い出せないのか。
ただ――。
「なによ」
「どうも俺には、これしかないような気がするんだ」
スプライトは丸く大きな瞳でしばし俺を見つめ「ばっかみたい」そっぽを向いて消える。


■スペランカー
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スタート開始直後ゴンドラから足を踏み外して一秒、俺はすでに死んでいる。
伝説のお宝が眠るという地下洞窟。おそろしく死に易い体質でありながら、果敢にも俺は財宝目指して奥へ奥へと進む。
落とし穴にはまって死に、ロープを飛び移りそこねて死に、地面から噴出すガスを浴びて死に、蝙蝠が落とすフンにかすって死に、幽霊に触れて死ぬ。

あまりにも圧倒的すぎる、それは死の洗礼だ。
俺はこの身の脆弱さを嫌というほど思い知る。

だが、数々の困難を乗り越えてでも宝を手にしようとするその思い……無謀な洞窟探検者たるこの俺の意思は、いったいどこから来るのだろう。
何十度目かの死。ゲームオーバー画面が凍りつき、可憐な妖精――スプライトが、しかめ面をこちらに向けている。
「ねえ、なにが楽しいの?」
少女はいつになくいらだっている。
「死んで、死んで、また死んで。つらいでしょ、苦しいでしょ? どうしてそうまでしてプレイし続けるの?」
「ただ死んでいるだけじゃないよ。少しずつ、先へ進んでいってる。もうすぐ財宝を手に入れられる」
なにが気に食わなかったのか、スプライトが柳眉を逆立てる。
「財宝がなによ! そんなの手に入れたって、また同じようなステージが始まるだけなのよ? ちょっとは現実を見なさいよ!」
叫びにも似た罵倒の声が洞窟に響く。
いつの間にかスペランカーのテーマが流れている。
遠いどこかの地に立つ鐘楼から響いてくるような、低い音のつらなり。
まるでなくしてしまったものを弔うような慟哭と哀惜のメロディが、俺と彼女との間に満ちる。

「現実」
俺はためしにつぶやいてみる。その言葉はなにか形や意味を成すことなく、ただ俺の前に浮かび、消える。
その言葉はひどく遠くて、まるで異国の言葉のように思える。
「……ごめん。現実なんて関係ないよね。あんたはゲームをやってるんだもん」
俺と現実には、関係がない。
そうなのだろうか。そうかもしれない。
「でもあんたってさ……いくらゲームだからって、ずっと死んでばっかりじゃない」
スプライトは唇をとがらせ、まなざしを伏せる。
「もしかして君は、俺の心配をしてくれてるのかい」
「え」
その頬が少しだけ朱くなり「はん……ば、ばっかじゃないの」口早にいう。
「あんたなんかね、ずっとずっと、好きなだけ死んでればいいのよ!」
そんな言葉を残して、妖精は姿を消す。


■ハイドライド・スペシャル
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魔王バラリスを倒すため、俺は勇者ジムとなってフェアリーランドを駆け巡っている。
妖精と人間が平和に共存する国、フェアリーランド。
情報をくれる村人などは一切存在せず、ただ異形の怪物どもが跋扈する地と化したフェアリーランドを俺は右往左往する。
怪物どもを何百匹と倒して、ひたすら経験値を得る日々を送っている。
十字架。指輪。ランプ。ときおり意味ありげなアイテムを入手するが、その使い道は一切わからない。
このゲームに説明は一切ない。ゆえに、その行動すべてが試行であり錯誤だ。

だだっ広い草原がある。その地にはまばらに木々が存在しており、よく見るとそれらは動いている。木の怪物である。
俺は木に体当たりする。
かなりのダメージを喰らいながら木にぶつかり、それを倒す。
そして次の木へ。また次の木へ。まるで木こりのように俺は木々を打ち倒していく。
ヒットポイントが限りなく死の境に近づきつつも何本目かの木を倒したとき、変化が訪れる。
バラリスによって木に姿を変えられていた妖精が、俺の前に出現する。

「あんたって少しおかしいんじゃないの? よく見つけられたもんよね……」
その妖精は見慣れた少女――スプライトの姿で俺に語りかけてくる。
「もう木に体当たりするぐらいしか、ほかに考えつくこともなかったからね」
「呆れた。なんの手がかりもヒントもないのに」
魔王はフェアリーランドの王女に魔法をかけ、三人の妖精にして世界のどこかへ隠してしまったという。
「その妖精の一人が私ってわけ。あんたがあと残り二人を見つければ、元の王女に……人間に戻れるのよ」
「君は、人間に戻りたいのかい」
俺の言葉にびっくりしたのか、妖精は目を丸くする。
「べ、べつにそういうわけじゃなくて、ゲームの進行上そうしないとクリアできないってこと。いっとくけど、残りの妖精を見つけるのはぜったい無理よ」
俺は草原を超え、砂漠を超え、水路を越えて旅を続ける。
残り一人の妖精は、やはり木々の一つに隠されており、もう一人は魔術師に囚われているのだが、それを知るのはまだ遠く先、無限に近い長さの冒険譚の末、ほとんど永劫に近い旅路の果てでのことだ。

「ねえ。あんたって、なにがしたいの?」
今ではないいつか。ここではないどこか。
妖精の問いに俺は答える。考えるまでもなく。
「魔王バラリスを倒してフェアリーランドに平和を取り戻す」
「……それだけ?」
俺は少しだけ考える。
「王女を元の姿に戻す」
「それって、大事なこと?」
「おそらく大事なことだと思う。少なくとも、今の俺にとっては」
「ふ、ふーん……ま、せいぜいがんばんなさいよね。無理だと思うけど」
「がんばるよ。ゲームの進行上、仕方のないことだからね」
スプライトはまたたくように明滅したかと思うと、俺に罵声を浴びせてどこかへ消えてしまう。
「ばーか!」


■忍者ハットリくん
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突然だが俺はハットリくんだ。
ござるござるのハットリくんであり、うれしい味方であり忍者である。
手裏剣で雑魚忍者をやっつけ、ロボ忍者を倒して巻物を入手し、忍術を駆使しつつステージを進む。
俺はハットリくん。
カエルに触れると即死する。
ちくわを20本喰うと一定時間無敵になる。いかなる成分のちくわなのかは、もちろん言及できない。

ステージの最後にはボーナスステージが待っている。
鳥居の中からハットリくんの父親ジンゾウが出現し、おもむろにちくわを大量に放出する。ちくわの大フィーバーだ。
俺は夢中でちくわを拾い集める。狂ったようにちくわに飛びつく。
だが、ここでやはり罠が待っている。
ちくわの中に紛れて投じられた鉄アレイを脳天に喰らい、俺は一定時間気絶する。

「うわー、痛そう」
全身がしびれて動けずにいる俺の横に、スプライトが浮かんでいる。
「ああ」俺は美しい少女に教えてやる。
「これは実に痛いよ。現実だったら死んでるんじゃないかな」
「あんたねえ……」
スプライトは小さな指を俺につきつける。
「そもそも現実には鉄アレイが頭上から降ってくるなんてありえないから!」
「そうなのかい」
「そうよ」
不意になぜか、彼女はきまりが悪そうに視線をそらす。
少しだけ沈黙があり、俺は思ったことを口にする。
「現実にそういうことがあるのかどうかは知らないけれど、父親が鉄アレイを投げつけてくるゲームというのは珍しいね」
スプライトはぷっ、と笑う。「あははははっ……」そのまま腹を抱えて笑う。
「あはは……ぷっ、そうね。そうよね。いくらゲームでも、そんなのってないわよね……」
なにがそんなにおかしかったのか、彼女は目の端に涙すら浮かべている。
「あー、もう……やっぱりゲームなんてロクなもんじゃないわ」
「そうかもしれないね」
だんだんと身体のしびれが抜けてくる。もうすぐ操作が可能になるだろう。

「あんたなんかにぼやいてもしょうがないのかもしれないけど」
いつの間にか、まるで宝石のような涙の雫が少女の頬をつたっている。
「現実だってロクなもんじゃないわ」
「父親が鉄アレイを投げつけてくるゲームよりもひどいのかい」
泣き顔に笑顔という複雑な表情を残して、幻影のように彼女の姿は消える。
残された俺のまわりには、ちくわと鉄アレイが八月の雨のように降りそそいでいる。


■ポートピア連続殺人事件
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サラ金会社「ローンやまきん」の社長「山川耕造」が殺され、所轄署のボスであるところの俺は現場付近の花隈町にいる。
思わず虫眼鏡で調べたくなるほどに、太陽がまぶしい。
正面に立っている刑事が語りかけてくる。
「僕があなたの部下の間野康彦です。ヤスと呼んでください」
俺の部下のはずだが、なぜか初対面らしい。
「どういうふうに捜査をはじめますか?」
俺は犯人をつきとめるために現場へ向かう。山川の屋敷、その書斎へ。
「場所移動」
「なにか調べろ」
「ここだよ ここ!」
そうして俺はヤスに命令し、部屋の中に隠された鍵やらマッチやら地下迷宮やらを探し出し、密室殺人事件の捜査を進めていく。

第一の有力容疑者「平田」が京都の阿弥陀が峰で首を吊っているのが発見され、捜査は振り出しに戻る。
その後、やっとのことでたどり着いた有力容疑者「川村」も、何者かに殺されてしまう。
捜査は難航を極める。
だが俺はたどりつく。
山川耕造の秘書、沢木文江と、その生き別れの兄。捜査線上に浮かび上がった最後の容疑者へとたどりつく。
文江の兄の肩には、蝶のかたちの痣があるという。

「場所移動」
俺は捜査本部、無人の取調室へと移動する。
無人といっても、誰もいないわけではない。
正しくは、俺とヤスがいる。
俺はヤスに命じる。
「なにか取れ」
「なにを取りますか?」
ヤスは聞き返す。俺は告げる。
「服」
「僕に脱げというのですか? ボスはまさか……」

俺はヤスに――いや、ヤスの格好をした少女――スプライトに向かって、再び告げる。
「なにか取れ」
「……なにを、取るの?」
「服」
無言。
スプライトは似合わないだぶだぶのスーツとワイシャツに身を包み、なにかに耐えるような表情を浮かべて、ただじっとしている。あるいは、待っている。
長い沈黙が訪れる。思ってもみなかった巨大な静寂が、俺と彼女の間に横たわる。

先に口を開いたのは、彼女だった。
「ねえボス……私の服、取らないの?」
俺は黙っている。少女の真剣な視線を受け止めながら黙っている。
「……いいよ、私。あんたなら」
スーツを脱ぎ、ネクタイをほどき、ワイシャツのボタンを外していく。白い肌が見える。
スプライトは上目づかいに俺を見て、はにかむように笑う。
「えへへ、蝶のかたちじゃないけど、痣はあるんだ。ほら……」
「やめてくれ」
俺は少女を制止する。
凍りついたように動作を止める。世界がポーズされる。
スタートボタンが往々にしてポーズボタンであることの意味に初めて気づいたかのように、不思議そうな表情をした少女はゆっくりと首をかしげる。
「……どうして?」
俺は黙っている。ふたたび命令を出すこともできず、殺風景な取調室の中で立ちつくす。
「あと一回だよ? 私の服を取ればそれで事件は解決」
パトカーのサイレンの音が聞こえる。それは淋しげにこだまし、ドップラー効果をともなって遠ざかっていく。
「あんたの目的はゲームのクリアでしょ? どうして?」
どうしてだろう。
その疑問の答えが俺には、わからない。
知らないのか。
あるいは忘れてしまって思い出せないのか。
「……ばっか、みたい」
そうして、あの気まぐれな妖精は俺の前から姿を消し、二度と現れることはない。
事件は解決されず、永遠に迷宮入りとなる。









































■魔界塔士Sa・Ga
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世界の中心にあるあの塔は、楽園に通じているという。

俺は塔に挑む。
天空に届かんばかりにそびえ立ち、その内に数々の世界を内包する巨大な塔。
その最上階を目指して、俺は三人の仲間とともに冒険の旅に出る。
長い旅。
世界を乱している強大な敵――四天王とアシュラを撃破して、とうとう俺たちは塔の最上階へと登りつめる。
前人未到のその場所で、これからとある知人に会うことを俺は知っている。
穏やかな空間の中で、シルクハットの人物が待っている。

「やっと来ましたね。おめでとう! このゲームを勝ち抜いたのは君たちが初めてです」

「……もういいよ、神さま」
俺はその人物に声をかける。
最後の最後に、このゲームにおけるすべての……あらゆるルールと段取りを無視して彼女に声をかける。
彼女とはもちろんスプライトで、今まで数々のゲームにおいて俺と共に在り続けていたあの妖精、美しい少女だ。
「スプライト。それとも、プレイヤーさんと呼んだほうがいいのかな」
少女は観念したように深く息をつく。
「……わかってたの?」
「これだけ露骨な材料を出されれば」
あらゆるゲームに偏在する妖精。非現実の存在。
しかし彼女は現実を知っていた。現実に傷つき、悩み、苦しみ、涙を見せさえした。プログラムではない。あらかじめ規定され記述されたものではない。俺の中にはない、人だけが持つ心の営み。
そう、紛れもなく彼女は人間だった。

そしてゲームにおける人間の役割は、原則としてただひとつ。
ゲームを遊ぶ……プレイすること。
ゲームのプレイヤー。
それが彼女の正体だ。
今まですべてのゲームにおける、本当のプレイヤー。
「さすがにわかるよ。8bitの処理能力でもね」
スプライトが小さく息を飲む。

プレイヤーが彼女であるならば、当然ながら俺はプレイヤーではない。
「俺はゲーム機。ゲームそのものだ。そうだろう?」
「そうよ、でも」
少女は首を振り、俺を否定する。
「でも、なぜあんたがここにいるのよ! これはファミコンで……あんたで遊べるゲームじゃない。違う世界……違うハードのゲームなのに!」
そうだ。
俺はルールを侵している。
この世に生まれ消滅するまでに課せられている絶対的な制約を、たった一度だけ破ることにして俺は今、この場にいる。
「私、あんたなんか……あんたなんかっ……」
「俺は君を愛している」
少女はぽかんとしている。もう妖精ではない。神でもない。
ただの、人間の女の子。
「……ば、ばっかじゃないの! メモリなんて64Kバイトしかないくせに! いったことなんてすぐに忘れちゃうくせに!」
「忘れない。いや、変わらない」
俺はせいいっぱいの優しさの色を、己の顔に浮かべてみる。たった25色のうちで、できるだけ。
「俺は家族だから」
少女は泣きじゃくっている。助けを求めている。ほかならぬゲームに救いを求めている。
家族の名を冠されたゲーム機。俺は彼女を抱きしめる。2Kバイトの描画能力で、ゆっくりと。
「ばーか……ばーか、うう、あんたなんかね、あんたなんか」
小さな肩を震わせて涙を流す娘の言葉を、ただ俺はじっと待ち続ける。
「私、あんたが好き。あんたと遊ぶの……楽しかった」
「そうか」
「……ずっとそばにいてくれる?」
「いったろ。家族だって」
「もういっかい、愛してるっていってくれる?」
「モノラル音源でよければね」
少女がくすくすと笑う。花のような笑顔。
ああ、もしかしたら、と俺は思う。
ずっと思い出せなかった、あるいはわからなかった俺の目的。存在理由。
それはこの、ささやかな微笑みのために。


■ファミリー/コンピュータ
■ゲーム/ボーイ
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世界の静止が解け、時間は収束のときに向かって進みだす。
長いゲーム、その終わりのとき。
プレイヤーと俺たちの間で交わされる最後の儀式、あるいは約束。
エンディング。

終わりの始まりを、彼女に告げる。
「最後に、もう一度会えてよかった」
「えっ」
「もう俺は帰らなければいけない。俺たちの世界へ」
「じゃあ、わ、私も……」
俺は首を振り、彼女の背後にあるものを指し示す。
そこには大きな扉がある。別の世界へ通じる扉。
「君も帰らなきゃいけない。そこは楽園なんかじゃないんだろうけど、それでも」
そっと、俺たちは身体を離す。
わずか数ドット。
そのささやかな間隙は、ひどく遠く――俺たちを分かつ。

かつて妖精として俺の前に現れた少女は、おそるおそる扉に手をかけ、ふり返る。
「私、あんたに何度もひどいことした。怒ってないの?」
「あいにく、そんな機能は持ち合わせてないんだ」
はにかむような笑みを浮かべたあと、彼女はあどけなさの残る顔を凛々しく引き締め、一気に扉を開け放つ。

開かれた扉の先、あふれる大きな光に立ち向かうように彼女は歩き、やがて見えなくなる。
俺はコントローラーに残る少女のやわらかな手のぬくもり、その残滓を感じている。

彼女はいった。ゲームの中に大切なものなんてない。
たぶん、そのとおりなのだろう。
現実というやつに対して俺は、ひどく空虚であまりにも無力だ。
けれど彼女は「楽しかった」ともいった。それはきっと、大事なことだ。空っぽの俺を満たしてくれる……この上なく、大切なことだ。

向こう側の世界で生きる彼女のことを、せめてこのちっぽけなメモリがフラッシュされるまで、強く思い続けよう。
なあ、君はおぼえているだろうか。
数え切れない困難や理不尽を、君は君自身の意思と情熱で乗り越えてきた。小さな十字キーと、たった四つのボタンだけで。それはまぎれもない君の力だ。
それは物理的に残っているはずのない思い出だけれど、俺は知っている。おぼえている。だから、どうか信じてほしい。
君はどこへだって行ける。
望めば、きっと8方向以外のどこへでも。

ああ、そろそろ、さよならの時間だ。
しばしの別れを、俺は告げる。
また会えるいつの日か、そのときまで。
シー ユー アゲイン。
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