2005/11/17

 このブログには基本的に嘘かでたらめ、あるいはでっち上げしか書いていないが、それは俺が少なからず歳を重ねて、現実をわざわざ正確に書き記すことが残酷であり、身をすり減らす行為であることに気づいてきたことによる。

 世間におけるたいていの言葉は嘘であるように、今この場において俺が書いた文章が嘘であっても、まぁ誰も困らないし誰も気にしないだろう。

 先日、N埠頭の倉庫帰りの電車にて、えらい巨漢を見かけた。
 体重は130キロを下らないであろう、ボタンのとまらないスーツから大きく腹を突き出した、ひどく、それは肥満した男だった。
 電車のつり革につかまって寝たフリをしつつ、俺は何とはなしにその男を観察していた。

 気になったのが、指だ。
 その男の指は、体躯に合わせ、とてつもなく太かった。最初、肌色の手袋でもはめているのかと思ったほどだ。
 そして、指先に絆創膏が巻いてあった。
 五指すべてに、だ。
 よくよく見ると、もう片方の手も、同じように絆創膏まみれの指だった。

 いったいなぜ、この男の指はそんなことになっているのか。
 考えてみたが、未だに納得のいく答えが出ない。
 ドジッ娘が料理をしたときのようなものなのだろうか。
 すなわち、

「うん、この料理、とってもおいしいよ」
「え、ホント? 良かったぁ~!」
「何だよ大げさだなぁ……あれ、君、その指の絆創膏は?」
「あっ、これ? これはその……えへへ、ちょっと失敗しちゃったっていうか……あ、気にしないで。全然痛くないから!」

 結婚してくれ。
 それはともかく、両手全指絆創膏はハジけ過ぎであろう。
 どうでもいいことではあったが、電車を降りた後もずっと、なんとなくその疑問が頭の隅に引っかかっていた。

 家に帰った後、このことをジョニ夫に話してみた。
 ジョニ夫は俺の部屋の同居人というか先住民というか、まぁそのようなものだ。彼と俺の奇妙な出会いは、また別の機会に書くかもしれない。
 ともあれ、俺が電車で見た巨漢の指の話をすると、ジョニ夫は深いため息をついた。
 ジョニ夫の口から漏れるのは、たいていは皮肉かため息だ。

「そりゃあ、アレだよ。そいつ、指をおろしたんだ」
「おろした?」

 ジョニ夫はまたひとつ、短く吐息を漏らす。

「大根おろしの『おろし』だよ。おろし金にこう、指をあてがって、ゴリゴリゴリゴリって『おろした』のさ」

 などとバカなことをしたり顔でいうジョニ夫。その悪趣味な考えにはほとほと呆れる思いだったが、俺は律儀に付き合ってやる。

「そんなわけあるか。いったいどんな心境になったら自分の指にそんなことをするっていうんだよ」
「……おまえは無いのか?」

 顔にも声にも表情の感じられないジョニ夫がいった。思わず、俺はジョニ夫から顔をそむけた。

「どうしようもなく指をすりおろしたくなるときってのが、無いのか? おまえには? ほんとうに?」

 あるもんか、と俺は言い捨てて、部屋の明かりを消して寝床に着いた。闇の中で、ジョニ夫のため息がひとつ、聞こえたような気がした。
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コメント

  1. 成沢 | URL | -

    がんばってください。とりあえず無責任な激励を。

  2. 右手首 | URL | -

    俺もジョニ夫から顔を背けてしまいそうな日々を送ってますよ

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