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12/30冬コミ宣伝と、どうでもいい話

2016/12/30

直前ですが冬コミ2日目、いちおう新刊小説出ますのでよろしくです。

まあ、それだけです。
それだけ書くためのブログ更新なんですが、あと一つだけしょうもないことを書きます。
最近、映画「セッション」を見て、かつてないカタルシスを味わいました。

(以下、映画のネタバレを多量に含みますゆえ)

まあ、本筋としては本当に嫌な話ですよ。
アメリカの有名(たぶん)音楽学校に通うドラマーの少年ニーマンが主人公なんですが、その指導にあたる先生が「響け!ユーフォニアム」に出てくる眼鏡先生から眼鏡と毛髪と若さを取って中身をハートマン軍曹にしたような恐ろしい人なんですよ。というか率直に言えばハートマン軍曹そのものなんですよ。
で、その先生に言葉責めですごい屈辱を味わわされて、ときには椅子を投げつけられて、「テンポが遅い!」とか言われ延々とビンタを食らわされるような日々を送ります
ニーマンは「悔しい!」とそこで一念発起し、指から血を流すほどに練習するわけですよ。で、ハートマン先生にちょっとずつ認められていく。
ここまでは普通にいいスポ根です。
そんなこんなで、付き合いはじめたばかりの彼女に「君がいるとたぶん練習のじゃまになるから」というクズっぽい理由で一方的に別れ話を突きつけつつ、ニーマンはドラム主奏者の座を勝ち取りました。
大学でアメフト選手として活躍している兄貴に「でもそれって三部リーグの話でしょ?(笑)」などという自我が肥大しきったセリフを吐き、そろそろハイパー化してもおかしくないほど調子にのりまくるニーマンですが、大事なコンテストの日に少しいろいろあって大怪我をして会場に現れます。
スティックもまともに握れない有様ですので、当然演奏は大失敗。
もちろんハートマン先生はブチギレです。
ニーマンもうっかりブチギレて先生に殴りかかります。ブチギレ音楽祭りですよ。

そしてニーマンは退学になりました。
別の大学に入り直し、新しい生活をはじめて音楽とは縁のない生活をしていたニーマンですが、通りがかったジャズバーで偶然ハートマン先生と再会します。彼はまるで憑き物が落ちたような穏やかな顔で「久しぶりだな」とニーマンに声をかけます。
先生はいきすぎた指導方法を問題視され、音楽学校を解雇されていました。ただあれは、生徒に成長してほしいと願っていたからなんだ……と苦笑交じりにニーマンに語ります。
「実は今度の音楽祭で指揮をするんだが、ドラマーの質が十分ではないんだ。代役を探してる。曲は学校でやっていたような『ウィップラッシュ』や『キャラバン』で、そのへんができるやつがいいんだが……言いたいこと、わかるだろう?」
いきなりデレてきた先生の誘いを二つ返事で引き受けるニーマン。
一時期殺したいほど憎んでいた先生とも和解し、長年満たされなかった承認欲求がもりもりと満たされ、ウキウキ気分です。
やっぱり俺にはドラムしかねえ。うん、ドラムっていいよね! ドラム最高!
浮かれついでに、別れた彼女にも電話します。
「あのさ、実は今度JVC音楽祭ってのに出るんだけどさ…」
「うーん、今の彼がそういうの好きじゃないかも。いちおう聞いてみるけど…」
「え? あっ……そ、そーだよねー、ですよねー」
微妙にへこみつつ、それでも俺には先生に認められたドラムがあるさ! 審査員の目に止まればまた世にでることも夢じゃない!……と迎えた音楽祭当日。
ハートマン先生の指揮のもと開始された曲は、ニーマンがまったく知らない演目でした。
先生から事前に伝えられていた演目は、すべて嘘だったのです。
愕然とするニーマンに、先生はすさまじい憎悪を込めた顔で言い放ちました。

「おれがなにも知らないとでも思っていたのか? おれがクビになるよう学校に密告したのはおまえだろう?」

退学になった直後「横暴なハートマン先生を告発する会」みたいなところの弁護士から匿名での証言を求められ、やけっぱちになっていたニーマンはそれに応じてしまっていたのでした。
その報復としてニーマンをわざわざ自分の楽団に誘い、嘘の演目を伝え、そして当日ステージの上で赤っ恥をかかせるというとてつもない策士ぶり。こんな大人げない大人はじめてみました。
先生の罠にまんまとはまったニーマンは、それはもう悲惨なことになりました。
練習もしていない知らない曲なのですから、まともに演奏できるわけもなく。生き地獄そのものの時間が過ぎ、もはやニーマンのライフは完全にゼロです。

「計画通り」というコラがとても似合う笑顔を浮かべながら「それでは次はスローな曲を…」と気分良くつづけようとしたハートマン先生の言葉を遮るように、痛烈なビートを刻むドラム音が鳴り響きました。
ニーマンが勝手に演奏をはじめたのです。
横の吹奏者が「ちょ、自分なにしとんねん」と慌てますが、ニーマンの鬼気迫る演奏につられて「キャラバン」の演奏をはじめてしまうのでした。

……と、そういう話の映画で、ようするに音楽で生まれた憎しみから音楽を使って仕返しする人々の話であり、音楽で殴ったり殴られたりと、あまりほめられたものではないです。
それでも俺たちが、ラストシーンで勝手にドラムを叩き出したニーマンに諸手を挙げて拍手したくなるのは、言うまでもなくきっと俺たちもニーマンと同じような境遇だからでしょう。
周囲の人々は自分の知らない曲を颯爽と演奏しているのに、自分だけがうまくそれをできない。
それなりにうまくできると思っていたのに、気がつけばこのありさま。ニーマンは先生にハメられたわけですが、俺たちはべつに誰にハメられたわけでもない。もしかすると自業自得なのかもしれませんが、そんなの慰めにもならない。
スティックを振るタイミングはさっぱりわからず、それでも曲は次々とはじまっては終わっていく。
同じステージにいる人々は次々と曲をこなし、喝采を浴びていく。
まあ、それでもいいんですよ。だって死ぬわけじゃないし。
ニーマンだって、実家に帰れば優しいパパがいて、傷ついた息子を暖かく抱擁してくれます。おそらく学校だって仕事だって世話してくれるでしょう。生きていくのになんの支障もありません。
それでもニーマンが勝手に演奏をはじめたのは、早い話がエゴというか自分勝手というか、ほとんどテロ行為みたいなもんですけれども、やはりどうしても喝采を送ってしまう。
だって頑張ってたものな。
血が出るまでドラム叩いてたもの。
そのニーマンの頑張りは、世界中でニーマンだけしか知らない。でも観客の俺たちは知ってますよ。そして思いましたよ。
自分は今までそこまでなにかに一心に打ち込んだことがあるのか?って。
そこまでやれるニーマンがちょっとうらやましいとすら思うはずですよ。
これだけ頑張ってるニーマンが成功しないなんて嘘だよねー良かったねという期待や祝福と、でもそれってなんかちょっと妬ましいよな……っていう複雑な思いを抱えた面倒くさい大人たちに対するアンサーがあのラストシーンで、まあ見事に刺さりました。
最後のセッションを通じてニーマンと先生が理解し合えたっぽいとか、いろいろいいテーマも盛り込んであるのですが、個人的には「持たざる者である凡人が空気を読まず派手に一発ぶちかましてやった」という意味で心に刺さりました。

ドラマーにはなりたくない。
でも来年はもっとがんばろう。
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