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「うな次郎」へ

会社帰りに立ち寄ったダイエーの生鮮売り場で、俺はそいつを見つける。
土用の丑の日――そう大書された大きめのポップが刺さった陳列棚の中に、一尾2000円近くもする国産うなぎに混じって、そいつは何食わぬ顔でぬけぬけと陳列されていた。

「うな次郎」

その商品を目にしたのは初めてだったが、俺にはすべてがわかった。
そのパックに書かれた商品名と、一見うなぎにしか見えない切り身の姿と、昨今のうなぎにしては妙に安い398円という価格が記されたシールによって、俺にはそいつの存在すべてを理解した。
おまえは代替品だ。
そう、生まれながらの代替品だ。
おまえは近年すっかり高級食材と化したうなぎにやすやすと手が出ない庶民に、仮りそめのうなぎ感を与えるために生み出された、生粋の模造品。大量生産品。どこの何とも知れぬ魚から作られた、名もなき消耗品。エクスペンタブルズ。

しかし。

そう、「しかし」だ。
俺にはわかっている。すでに、すべてが理解できている。
おまえは決してうなぎにはなれない。うなぎの代わりにはなれない。
口賢しい者は、おまえを食して「うなぎの味わいには程遠い」というたぐいの感想をのたまうだろう。あまつさえ「安っぽい味」などと形容するかもしれない。事実、安いおまえに対して、安物でしかないおまえに対して。まるで鬼の首を取ったかのように。

なあ、うな次郎。
おまえはどうしてこの世に生まれてきたんだ。
次郎、というからには、きっと長男ではないのだろう。家督を継ぐことすら許されない、肩身の狭い次男坊か。いや、あるいは意外に気楽な身の上なのかもしれないな。しかしおまえは「うな」という二字を背負って生まれた。いや、背負わされたのだ。限りなくうなぎっぽい何者かであることを、有無を言わさず強制された。まるで重い十字架か、あるいは解けない呪いのように。

いったい、どれだけの人間がおまえという”代替品”……悪く言えば”偽物”を……求めているというんだ?
きっとそんな人々は一握りだ。大多数の人間は、土用の丑の日に家族で食卓を囲んでわざわざおまえを食ったりはしない。ほとんどの人間は、きっと、ただおまえを傷つける。

――俺はどうなのかって?

うな次郎を目にしてから、約二秒ほどの間。
以上のような思考を経た俺は、なんのためらいもなくうな次郎をそっと取り上げ、買い物かごに入れた。
もちろん、他の品物で覆い隠すようなせこい真似はしない。
俺はうな次郎を買った。
ほかでもないうな次郎が食べたいから、こいつを買ったのだ。
別にうなぎが買えないからしかたなくこいつを買ったわけじゃあない。そのことを誇示するために、ことさら目立つようにして店内を練り歩き、レジに並んだ。

家に帰った俺は、黙々と米を一合ほど炊いた。
うなぎと同様にして、米にうな次郎を乗せて食うためだ。
うな次郎のパックの中には、パックで買ううなぎと同様に、蒲焼のタレと山椒がセットになった小さな袋が封入されていた。
炊きあがった米を丼に盛る間に、うな次郎をレンジで温めた。
熱されたうな次郎は、うなぎのようでうなぎではない、絶妙な香りを強く発しはじめた。悪くはない。食欲をそそる匂いだ。俺は嫌いじゃない。

丼の上に熱されたうな次郎を乗せ、タレと山椒をふりかける。
そうして俺はそれらをかき込んだ。
うな次郎の味は、おおよそ予想していたとおりだった。
うなぎのようで、うなぎではない。
歯ざわり、風味、あの独特の油っこさ……すべて、うなぎとは明らかに異なる。
だが、蒲焼のタレと山椒によってコーディネートされたうな次郎は、たしかに美味かった。うなぎとは別種のうまさが間違いなく存在した。
すべてを食い終わったあと、俺は想像以上の満足感をおぼえた。
「うな次郎丼」……いけるじゃないか。
おまえ、美味いよ。
生まれついての次男坊なんてことを気にせず、もっと誇っていい。「※これはうなぎではありません」なんて、卑屈な注意書きを貼り付ける必要なんてない。
もっと世間に胸を張っていい。そもそも398円だ。うなぎに比べりゃ安いが、一般的にはじゅうぶんに高い部類の惣菜だ。値段までうなぎに近づけなくていい。むしろ、もっと安くなれ。
そしておまえは、おまえだけの道をいってくれ。国産うなぎだの中国産うなぎだの、絶滅危惧だのといった問題は些細なことだ。そんなややこしい問題とは、おまえはどうか無縁でいてくれ。

うな次郎。
悲しき代替品。名もなき模造品よ。
なんでだろうな。
おまえとは、なぜか他人という気がしない。そんな勝手なシンパシーを抱かれたら迷惑か?
そうだろうな。
そうだろう。
だから俺は、これからもずっと、ただおまえを黙って手に取り、堂々とレジに持っていき、そして食すことにしよう。
だれかに薦めることもしない。だれかに食べさせることもしない。ほかでもない俺が、おまえをおまえとして、心ゆくまで食そう。


――数日後、俺は同じダイエーの売り場の一角で「うな蒲くん」なる商品がうな次郎よりも安価で売られていることを目にすることになるが、それはまた別の機会に語ろう。
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