個人的ゲーム史3

2012/11/06

■ゲームボーイその2
 俺は高校を卒業するまでに、学校を二回だけ休んだ。
 高校時代にナイフで腹を刺されて入院したときと、中学時代に学校をさぼったときだ。

 その日、学校をサボってみようと決めていた。
 さしたる理由があったわけではない。
 学校が好きというわけでもなかったが、格別に嫌いというわけでもなかった。たいていの十四歳が経験する、世界に対する反抗的なものだったとも思わない。
 と、思っているだけで、実は単にそういうものだったのかもしれないが。

 いつも通りに朝食を食べ、中学指定の学生鞄を持ち、家(例のボロ家だ)を出て、とりあえずすぐ近くにある小さな児童公園に行き、ベンチに座ってみた。そのとき公園沿いの道に、犬の散歩をしている男性の姿が見えた。
 その男には見憶えがあった。アマイケという人で、公園の向かいにある自宅で学習塾を開いている。まずいことに、当時の俺はそのアマイケ塾に通っていた。
 学校の先生というわけではないが、いちおう先生は先生であり、見つかればあまり愉快なことにはならんだろうと俺は思った。
 なんとかアマイケ先生の視界から隠れ、公園から抜けだした俺は、もっと遠くへ行くことにした。
 知り合いに会うことのない、どこか遠くへ。

 そうは言っても当時から行動力に乏しかった俺のことなので、徒歩で小一時間ほど移動したあたりで「そろそろいいかな」という気分になってしまった。学生服で平日に街を歩いていると補導される、という噂を聞いていたが、誰かに声をかけられるようなことはなかった。

 目についた大きな公園の敷地に入り、ブランコに腰掛けてみた。
 周囲にあまり人はいない。少し遠くの噴水広場に、近所の幼稚園児とおぼしき子供たちが数人いて、元気に走り騒いでいるのが見えた。

 俺は学生鞄からゲームボーイを取り出した。
 今振り返ると笑ってしまうが、この日の俺はなにをどう思ったのか、初めてのスクールエスケープのお供にゲームボーイを選んだのだった。
 俺はゲームボーイから伸びたステレオイヤホンを両耳に押し込み、電源スイッチを入れた。
 聖剣伝説のカートリッジが入っていた。
 記憶喪失の少女との出会い。帝国にさらわれた彼女を助けるために、ミスリルソードやらチェーンフレイルだとかを振り回す。
 このゲームの音楽は、どれも名曲と名高い。とくに街を出たフィールドで流れる音楽が好きだ。この曲の旋律を耳にするたびに、俺はこの日のことを鮮明に思い出す。
 子供たちが水遊びに興じる声は、すでに遠い。

 やがて日が暮れ、バックライトのない液晶画面がよく見えなくなってきた。
 昼飯も食べていないので、お腹も空いた。
 俺はゲームボーイの電源を切り、元通り鞄の中に仕舞った。けっきょく俺はなにがしたかったのか。こんなところでゲームボーイに興じたかっただけなのか。
 わけがわからない。呆れるしかない。
 この中学時代の俺が、もし無人島に行くときに持っていくものをひとつ選べと言われたなら、きっとゲームボーイを選ぶのだろう。
 中学生が遊ぶには小さすぎるブランコから冷えきった尻を持ち上げ、俺は公園を出て、来た道を戻った。

 家に帰って夕飯を食べたあと、学校から電話がかかってきた。
 担任の教師は、俺が風邪でもひいて来なかったのだろうと思って確認のために電話をかけ、そこで息子の不登校を初めて知った母親は仰天した。その後、母子揃って学校に赴き、生まれて初めて生徒指導室という場所に入った。
 先生や母親はおそるおそる俺が抱えているはずの深刻な悩み、心の病巣的なものを聞き出そうとしたが、自分でも心当たりがないので答えようがない。
 とにかくすいません、もうしません、と涙ながら各位に謝り、世間様におけるナイフみたいに尖った十四歳の少年たちに比べると非常に締まりのない、なんともぐだぐだで生ぬるい感じで、ともかく俺はその日を終えた。

個人的ゲーム史2

2012/11/03

■PCエンジン
 キヨシくんの家でR-TYPEを初めて遊んだとき感じたことを、今あらためて言葉にすると「次世代感」になるかと思う。白くてしゃれた筐体が持つ、明らかにファミコンとは格の違うパワーに俺は酔いしれた。
 ファミコンカセットとは比較にならぬほど薄く小さいHuカード。
 AボタンではなくIボタン。
 BボタンではなくIIボタン。
 スタートボタンではなくRUNボタン。
 すげえ! ファミコンとは一味違うぜ!
 当時は半ば本気でそう思い、邪聖剣ネクロマンサーだの、弁慶外伝だの、定吉七番だのと、次々と発売されるエッジなゲームに没入していった。
 当然のことながら「大竹まことのただいま!PCランド」も欠かさず視聴していた。ゲームについて素人同然の連中に囲まれ、ただひとり真摯にゲームの紹介をしつづける渡辺浩弐氏の孤軍奮闘に尊敬の念を抱いたものだ。


■ゲームボーイ
 くにおくんの大運動会やダブルドラゴンで殺伐とした同時対戦に明け暮れていた俺たちは、ゲームボーイがもたらした「通信対戦」にもまた、激しくのめり込んだ。
 通信対戦に用いるゲームは、もっぱらテトリスだった。というか、それ以外のゲームボーイソフトで対戦をしたことがない。
 小学六年生になっていた俺は、人気者ナミオカくんといっしょにウジイエくんというクラスメイトの家に毎週集まり、ひたすらテトリスの対戦に明け暮れた。
 ブロックを鬼のような速度で積み上げ、テトリス棒を入れて相手側に邪魔なブロックを大量に送り込み圧殺する。あるいは先にテトリスを達成され、下からせり上がってきたブロックで圧死する。
 少年期、発達途上であろう脳細胞、その大部分を俺たちはテトリスに費やしていたと思う。
 ゲーム脳だとかテトリス脳という言葉は、俺たちに限って言えばわりと的を得た状況だったかもしれない。俺は明けても暮れてもブロック同士の間隙を埋めることだけを考えていた。
 どうしてあんなにも必死になっていたんだろう。
 今考えると少し不思議に感じるくらいの熱中ぶりだった。
 感傷的な話でまとめるならば、まあ、ただ単に埋めたかったんだろうなと思う。
 十二年ばかりこなしてきた人生の中で気づきはじめた現実における隙間。どうあがいても埋められないもの、いつまで経とうがからっぽにすぎない空虚ななにかの代わりに、俺たちは液晶画面の中でテトリス棒を積み上がったブロックの間に黙々と差し込んでいたんじゃないかと思う。

 どこか大人びたところのあったウジイエくんの部屋には、セガのマスターシステムやらパソコンやらが置かれており、俺にとっては文字通り宝の山のような有様だった。
 パソコンを起動すると、そっけない白い線画で洋風の館が表示された。
 どうやらアドベンチャーゲームらしかったが、コマンド入力のやり方がわからず投げ出してしまった。それが「ミステリーハウス」というゲームだったと知るのは、ずっとずっと先の話だ。

 俺たちが遊びに行くと、ウジイエくんの姉さんが必ずチョコレートを差し入れてくれた。
 小指の先ぐらいの、銀紙に包まれたチョコレート。
 それが何枚も籐製のバスケットに入れられていた。
 もしかすると少しばかり高級なチョコだったのかもしれない。包み紙の中のそれを口にするたび、濃い甘さの中に少しだけ苦味を感じた。

個人的ゲーム史1

2012/11/02

 いつの間にか三十五歳。
 もしかするともう自分の人生は半分過ぎてるんじゃないか。
 それなのに、まだなにも始まっちゃいないような気がするのはなぜだろう。

 そんなことを考えてしまいがちな夜だから、なんとなくゲームのハードウェアごとの思い出。


■ファミコン
 初めてファミコンとそのゲームを見たのは、小学校一年生だったか二年生だったか。
 たしか友達の家で見たスーパーマリオブラザーズが初めてだったと思う。
 ボタンを押すとテレビの中のヒゲのオヤジがジャンプしたり走ったり、カメを踏んづけたり、キノコを食って巨大化したり。今もってよくわからない世界観だったが、俺は素直に感動した。
 たしかずっと友達の兄貴が遊んでいて、そのときはプレイできなかったように思う。いつの日か好きなだけあのオヤジをコントローラーで操ってやりたい、と強く思った。

 その頃はファミコンを持っている友達の家に、それこそ毎日のように遊びに行っていた。今思うと相当うざかったろうなと思う。

■セガSG-2000
 父親が念願のファミコンを買ってきた、と思いきやセガSG-2000だった。
 ファミコンが売り切れだったから代わりに買ってきたのか、単に間違ったのか、なにか強いこだわりがあったのか今となっては定かではないが、とにかく家でTVゲームが遊べるのでそれほど文句はなかった。
 当時まわりの友達でセガのハードを持っているのはナリタくんだけだった。それがきっかけで仲良くなり、彼の家にもよく行くようになった。
 寒冷地特有の強い暖房によって空気が乾燥しがちなナリタくん家の薄暗い居間で、まるで置物のようなナリタくんの祖母が静かに見守る中、俺たちはひたすらジッピーレースをプレイしていた。

■ファミコンその2
 今度こそ父親がファミコンを買ってくれることになった。
 近所の玩具屋「一番堂」に行くと、欲しかったスーパーマリオは売り切れていた。代わりに、なぜかポートピア連続殺人事件を買ってもらった。
 ほんと、なぜなんだ。

 しかし、これはとても幸せな出会いだった。
 このとき買い与えてもらったゲームがもし別のものだったら、俺という人間はまるで別の人格になっていたのではないか、とすら思う。

 俺は来る日も来る日もヤスを連れて殺人事件の捜査に明け暮れた。
 このゲームにはセーブ機能はおろかパスワード機能すらなかったため、ファミコンの電源を切るたびに捜査状況がリセットされてしまう。しかし子供時代にのみ発揮される無駄な記憶力により、俺は操作を進めるための選択肢をほぼすべて丸暗記していた。
 当時このゲームを遊んでいた者であれば、今でも30分ほどあれば楽に阿弥陀ヶ峰(平田の自殺現場)まで行けるだろう。ただ、地下迷路は少しキツいかもしれない。
 犯人はヤス。
 今となってはもはや常識となった有名な事実ではあるが、当時の俺にはその話を信じられなかった。ヤスは俺のもっとも信頼する部下であり、この困難な事件に共に立ち向かう無二の相棒なのだ。
 とうてい受け入れられない話であった。
 彼自身の服を取ることを三度続けて命じ、その目で動かぬ証拠を確かめたあのときまでは……。


 クラスの人気者ナミオカくんの家で、よくアイスクライマーを遊んだ。
 彼の家はやたら広くてまごうことなき豪邸だったけれど、なぜかファミコンとテレビは台所のようなキッチンっぽい部屋に置いてあったような記憶がある。
 ナミオカママが物憂げに夕飯の支度をしているそばで、俺はナミオカくんと協力しながら氷の山を上へ上へと登っていた。
 アイスクライマーの醍醐味である妨害プレイは、当時とてもじゃないができなかった。


■ファミコンその3
 クラスメイトのキヨシくんの家には、妖しい魅力があった。公営団地の一階にある薄暗い彼(と彼の兄)の部屋には常に最新のファミコンソフトや、見たことのない漫画が乱雑に置かれていた。
 コーエーの三国志を貸してもらって、あまりの難解さ(と処理の遅さ)に投げ出してしまった思い出がある。あのときもっと真剣に遊んでいたら、また違った人生を歩んでいたのかもしれないと思う。

 このあたりから「マンガ道場」という店に出入りするようになる。
 玩具屋「一番堂」の近くにある古本や中古ゲームを扱う店で、恐ろしく狭い店内に陰気な親父がぽつりと座り、いつもなにかのテレビドラマが流れていた。
 ここでゲームの攻略本のほか、中古のミネルバトンサーガやアルゴスの戦士を買ったりした。


 小学校時代のことを書いていて、ふと思い立ってgoogleマップで当時の母校周辺を閲覧してみた。
 あまりの懐かしさに胸がつまる。
 冬の朝、校舎の前にずらっと並んだバスに乗り込みスキー遠足に行った思い出などがよみがえり、過去の濃密なにおいにむせ返りそうになった。
 あのころは通学路が厳密に定められていて、学校には必ず決まった道順で行き帰りしていたなーと思いながら、小学校の頃に住んでいた自宅(借家)を見て、あまりのボロさに愕然とする。

小学生の頃住んでた借家
 なんか汚い板とか立てかけられており廃屋かと見紛うみすぼらしさだが、いちおう二階建てでそれなりに広く、そこそこ快適であった。土地のあり余っている北海道であるから、一軒家とは言え家賃もかなり安かったのだろう。
 しかしこの家、風呂場があまりに汚すぎて害虫(わらじ虫とか毛虫)の温床になっていた。それも今となってはいい思い出ではある。
 が、おかげでちょっとしたトラウマになったらしく、今でも少し風呂場が怖い。
 また、玄関のドアが老朽化しすぎていて、ちょっとした力の加減で簡単に鍵が開いてしまうという、現在では考えられないセキュリティの低さであった。というか、あれから二十年経ってるのにまだ交換されてないっぽい。


 ちなみに、すぐ向かいの家には、クラスメイトの女子イトウさんが住んでいた。
向かいのフカセさん家
 絵に描いたような成功者の家。麗しのマイホームである。
 もちろん窓にボロ板などはまっていない。おそらく風呂場も綺麗であろう。
 あまつさえ、これみよがしにマイカーも完備されている。

 こうして見比べてみるとおそろしいまでの格差だが、当時の俺はとくに疑問を抱いたり、羨んだり引け目を感じたりということもなかったように思う。
 ここでもう少し妬みとか嫉みを養っていれば、もっと上昇志向を持ったギラギラした大人になっていたかもしれない。玉座のようなマホガニー製の机にふんぞり返り、巨大な宝石の付いた指輪をはめ、ぶっとい葉巻をふかしながら血統書付きのシャム猫を撫でていたかもしれない。(部下から良くない報告を聞くと首をへし折る)


 俺の両親、こんなボロ家に住んでるくせにのんきに子供にゲーム機なんぞ買い与えてんじゃないよと思わないでもない。
 それでもゲームを遊べる環境をもたらしてくれたことに、ただひたすら感謝するしかない。

[水泳大会]松本紗理奈

2012/07/06

 とある都内の繁華街、その外れにある通称「羅生門」と呼ばれる酔っぱらいと宿無ししかいない小汚い通りの、さえないネオンが光るビルの二階。
 その行きつけの店に入ると、すでに彼はいつもの席でテキーラのスタドリ割りをあおっていた。

「はじまったねえ、とうとう」

 私が隣の席に座ってマスターに同じものを頼むと、彼はしみじみとつぶやいた。

「アイドル水泳大会、ですか」

 彼は首肯する代わりにテキーラを飲み干し、生臭い息を吐き出した。

「ああ。プールが血の色に染まる……プロデューサーにとっての血の池地獄さ」

 まあイベントはいつだって地獄だがな、と彼はくっくっと嗤う。
 違いない、と私は思う。

 数日前から開始されたモバマスの新イベント「アイドル水泳大会」
 例によって私たちプロデューサーはイベント専用の仕事場を駆けずり回り、点数を集めて報酬を入手することに血道をあげる。
 常軌を逸したおびただしい点数を集めて、見事上位ランキングに入賞したプロデューサーには、コスト帯16前後の強力なSレアアイドルが報酬として与えられる。

「見たかい、今回の上位報酬」
「ええ。あれは……あざとい」

榊原里美

 榊原里美。17歳。山形県出身。
 バストサイズ91を誇る、モバマス界屈指の童顔巨乳アイドル。
 コンプガチャ用のレアアイドルとしてデビューして以来、根強い人気を博していたが、今回満を持しての強Sレア化である。
 その絵面たるや、ウォータースライダーを滑りおりながらビキニの紐が外れかけている……というすさまじいもので、俺が「ルナ先生」のわたるであったら目玉を円錐形に飛び出させながら「で~っ、きわで~っ!」と叫んでいたであろう。
 これまでのSレアアイドルをすべて過去にしかねない性的破壊力をもった、それはまさに化物であった。

「血の池さ」

 重ねて吐き捨て、彼はさらに酒をあおる。
 今日はやけにペースが早い。彼にしては珍しい。
 まるで苛立ちそのものを飲み干し、体内で増殖させようとするかのようにスタドリ割りを臓腑に流し込んでいる。


 思えば、彼とはずいぶん長い付き合いになる。
 初めて会ったのは、この店のある通り――羅生門と呼ばれる――の一角だった。
 その日、なにかよくないことがあったのだろう。
 理由は忘れてしまったが、私は若くもないくせにスタドリとエナドリとウォッカをちゃんぽんで死ぬほど痛飲した結果、あられもないほどに酩酊し、電柱の根本に反吐を盛大にぶちまけていた。
 不意に私は、すぐ近くで同じような姿勢で同じような色の吐瀉物を製造している男の姿に気付いたのだが、つまりはそれが彼だった。
 私たちは互いをまじまじと見やり、奇妙な可笑しみを感じて、その場で胃の痛みをこらえながらひとしきり笑った。
 そして意気投合し、再び別の安い店でスタドリベースの酒をしこたま飲み、ともに吐いた。


「――さすがは皆が待ち望んでいた水泳大会さ。”エコノミー”の大槻唯もいいアイドルだ」

大槻唯

 「エコノミー」とはプロデューサー間で用いられる隠語の一つで、文字通り「廉価版」を意味する。
 尋常ではない量のモバコインをつぎ込んでようやく得られる超希少な強Sレアアイドルに対して、それなりに頑張れば誰もが手に入れられる”親しみやすい”Sレアアイドルのことを指す。
 今回のエコノミーに抜擢された大槻唯は、ノーマル畑から春の花見イベントでの下積み時代を経て、今回初めてのSレア化であった。
 いつでも誰にでも明るく接し、健康的な色気をもつ彼女のファンは、多い。
 今回の大胆な水着Sレア化で、さらに人気は高まるだろう。

「いったい、なにが気に喰わないんです」
 迂遠な揶揄をつづける彼に、そう問うてみる。

「……松本紗理奈の扱いだよ」
「松本って……あの、松本ですか。コスト2の」
「3だよ、彼女のコストはッ!」
 彼はグラスをカウンターに叩きつけるように置く。マスターが顔をしかめる。

松本紗理奈

 松本紗理奈。22歳。バストサイズ92。
 胸の大きさぐらいしかアピールポイントが無いためだろうか。モバマス創成期から存在する古参のアイドルにも関わらず、Sレア化はおろかレア化の経験すらない。
 同コスト帯のノーマル出身アイドルが次々とレア化、Sレア化を果たしていく中で、松本は未だにモバマス界の底辺を這いずっていると言っても過言ではなかった。

 だが、彼女は今回の水泳大会イベントで、初めて限定アイドルとして登用されている。
 遅咲きの感はあるが、十分な快挙と言えるのではないか。
 私がそう言うと、彼は強くかぶりを振った。

「わかっている。レアではなくノーマルの限定アイドル化とはいえ、これは喜ぶべきことだよ。ことに、駆け出しプロデューサーの頃から松本紗理奈に長らく世話になり……人知れず彼女を応援している俺のような者にとっては福音と言ってもいい。だが、彼女の扱いは……同じ限定ノーマルのメアリー・コクランが出ているシンデレラガールズ劇場にもなぜか一人だけ登場していない彼女の扱いは……まるでテレビ画面の右下あたりで小さく切り取られ、誰にも注目されずに歌っている木っ端アイドルのようで……そしてその境遇にまったく気づいていない、いつも通りの調子に乗った言動が……悲しいんだ」

 そして同じぐらい愛おしいのだ――と、正体の無いほどに酔いが回った彼は言った。
 ろれつは怪しかったが、その語気は力強かった。

「畜生、松本紗理奈、強くなくともSレア化……せめてイベントでレア化だけでもしてくれんかなあ。そうしたら、『数年後にAV女優になってそうなモバマスキャラNo1』だとか……ファミコン版ファイアーエムブレムのアベルか、外伝のクリフに口もとがくりそつだとか、そんなたわけたことは誰にも言わせないのになあ……畜生……」

 もはや半ばカウンターに突っ伏すようにしながら、彼は繰り言と切なる望みを交互に口にする。

「なあ、きみ、無理かなあ……。松本はこのままレア化もできず、ずっと移籍要員か、他のアイドルのレッスンパートナーなのかな……?」

 神ならぬ――運営ならぬ身の自分には、なんとも答えようがない。
 それでも私は黙ってエナドリ割りを追加で注文し、今宵は彼に負けないぐらい酔ってみることに決めた。

赤城みりあの、終わらないバレンタイン

2012/03/19




 家に帰ると、赤城みりあはいつだって笑顔で出迎えてくれる。

「プロデューサー、ハッピーバレンタイン!」

 小さな指でチョコをひとかけつまみ、手渡してくれる。
 彼女はピンク色のリボンで可愛らしくラッピングされたチョコの包みを掲げてみせ、

「今日もファンの人たちにチョコを配ってきたよ~♪」

 そうして、また、笑う。
 あの日から変わらない笑顔で。


 [バレンタイン]赤城みりあは、バレンタインイベント限定のレアアイドルだ。
 バレンタインと言っても、俺たちP(プロデューサー)のやることは例によって衣装の奪い合いであり、イベント衣装「カラフルマカロン」のコンプリートを達成することで俺は彼女を入手した。
 また、[バレンタイン]赤城みりあは、当該イベント期間において2500個のチョコをファンに配ることでも入手可能である。
 2500個というと途方もない数字に思えるが、この業界でのトップP連中は数百万個という単位でファンにチョコを配布する。それに比べれば、べつだん驚くにはあたらない。むしろこの世界においては容易とすら言える入手条件である。

 ともあれ、とある冬の日。
 俺はバレンタイン仕様の赤城みりあを二人、入手した。
 同じアイドルが二人存在した場合、Pはそのアイドルを強化するために「特訓」と称される行為を行う。
 特訓を行うことで二人は一つの存在に合一、錬成、昇華され、アイドルとしていっそう強く光り輝くのだ。

 もちろん、俺も赤城みりあに特訓を施した。
 それが終わった後、色とりどりのお菓子をあしらった豪奢な衣装に身を包んだ彼女の姿を見て、胸を熱くしたのをおぼえている。
 無邪気にはしゃぎ、喜ぶ、赤城みりあ。
 まるで天使のようだ。
 陳腐きわまりない表現だが、そう思ったのだ。
 忙しくチョコを配って飛びまわる、愛らしい天使……。

 彼女はいつだって、チョコを配っていた。
 今思えば入手条件がチョコの配布数に設定されていたことも、なにか関係があったのかもしれない。
 とにかく彼女は、どんなときでも笑いながら、チョコを誰かに与えていた。

 バレンタインイベントが終わってからも、それはつづいた。
 コンサート会場で。
 CDショップのサイン会場で。
 グルメ番組のロケで。
 ファンとの握手会で。

……長い、長いあいだ、彼女はチョコを配り歩いていた。
 そして、

「ファンのみんな、チョコもらってくれるかなあ?」

 彼女は笑う。
 あのときのまま、変わらない笑顔で。
 ひどく甘ったるくて、少しだけビターなチョコレート。
 その小さなかけらを、か細い手に乗せて。

「はいっ、プロデューサー! ハッピーバレンタイン!」

 今日も俺は帰宅し、いつものようにチョコを受け取る。
 すでに俺はプロデューサーではないけれど。
 彼女も、もうアイドルと呼ばれる存在ではないけれども。

 ハッピーバレンタイン、と俺はつぶやく。
 赤城みりあは嬉しそうに、もう一個チョコレートをくれた。

 少女は常に、誰かにチョコを渡していた。
 遠い昔のバレンタインデーから、はるか未来のバレンタインデーまで。
 悠久の時の流れをチョコという単位で埋めるかのように、気の遠くなる時間、気の遠くなるほど無数のチョコレートを。
 ただひたすら、無心に……いや、無垢な心のままに。

 いつしか彼女がチョコを配り終え、足を休め、ほっと息をつくときが訪れるのだろうか。
 俺やファンの皆からの……ホワイトデーの贈り物を……あふれんばかりの贈り物を、両手いっぱいに受け取れる日が?

 しわのない包装紙をそっと折りたたみ、閉じるように、俺は両腕で赤城みりあを抱きしめる。
 ハッピー、バレンタイン。
 もう一度、区切るようにして、俺はその言葉を口にする。
 終わらないバレンタインデーの中でたたずむ彼女を優しく、包み込むように。

シンデレラたちに花束を

2012/02/25

 電車の中やトイレの個室の中でモバマスをやっていると、いつも俺は世界からの隔絶を感じる。
 なにか大切なもの、大いなるものから切り離されている感覚。
 手の中の小さな携帯端末の画面に映し出されるアイドルたちの世界も、俺とは大きく隔てられている。
 おそらく彼女たちも、なにか別の大事なものから切り離され、閉ざされているのだろう。



 モバゲーから提供されている、アイドルマスターから派生したソーシャルゲーム。
 通称モバマス。
 正式名称は、アイドルマスター シンデレラガールズ。

 シンデレラガールズ。
 遠い昔のお伽話のように、持たざる身から一転して輝かしい栄光を手にする少女たち。
 正しくは、ガラスの靴を与えられる一握りの少女たちと、そうではない少女たちの物語。
 物語と言っても、このゲームにはわかりやすいシナリオ、ストーリーがあるわけではない。
 ただ明確な目的と手段が与えられるのみだ。
 このゲームが示す目的は、究極的にはただひとつ。
 より希少で、より価値の高いアイドルを入手すること、である。



 どうやってアイドルを手に入れるのか。
 まず、オーディションを通じて入手する方法がひとつ。
 これは俗に「ガチャ」と呼ばれ、無料と有料(課金)のものがある。無論、有料のガチャは希少なアイドルが出現しやすい。

 次に、「衣装」を収集し、種類を揃えることで特典のアイドルを入手する方法が挙げられる。
 衣装の基本的な入手方法は、一言で表せば「力づく」である。
 他のプロデューサー(アイマスではプレイヤーのことをこう称する)から奪い取るのだ。
 ガチャで入手し、育成したアイドルたちに隊伍を組ませ、他のプロデューサーにLIVEバトルという名の戦いを挑む。総攻撃力が相手の防御力より勝っていれば、狙った衣装(と、はした金)を強奪することができる。
 モバマスは、いわば衣装という資源を奪い合う果てしない戦争だ。
 LIVEバトルに勝利し、一着の衣装を得て安心していると、知らぬ間に他の者から二着の衣装を奪われている。
 ここは修羅の国か。
 あるいは野盗が跋扈する平安京か――。
 日常的に発生する衣服の奪い合い、その温床となる人心の荒廃ぶりたるや、まさに芥川の「羅生門」そのものである。

 そのありようは、あまりにむごく、寒い。
 心が乾く。



 そんな悪徳の渦巻く世界のただ中にあって、アイドルたちは皆、ひたすらに明るく朗らかだ。
 コンサートやグラビア撮影などのさまざまな仕事をひたむきにこなし、プロデューサーたる俺に信頼を寄せてくる。
 アイドルたちの微笑みが表示された端末の液晶画面。
 それは俺と彼女をつなぐ窓口にして、両者を分け隔てる壁でもある。
 彼女たちの好意が、絶望にも似た隔絶を超えようとする。
 俺はそれに手を伸ばす。自分でもわからない失われたなにか、大事ななにかをかき集めるように。
 LIVEバトルや仕事を経るごとに上昇していく彼女たちの親愛度。それが単なるパラメータに過ぎず、彼女たちの言葉があらかじめ定められた文章のランダム表示だとしても。
 俺はデジタルで制御された彼女たちの言葉や表情、そのひとつひとつを愛おしみ、己の心に刻みつける。
 その必要がある。
 俺には、そうする義務があるのだ。

 なぜなら、彼女たちの虚構など取るに足らない大いなる欺瞞が、俺自身の内に存在するからだ。
 ガチャ、衣装コンプにつづく、もうひとつのアイドル入手方法。
 すなわち、

「親愛度を上限までアップさせたアイドルが一定数に達すると、特典のレアアイドルを入手できる」

 そうだ。
 俺は日々、彼女たちの信頼と友愛を絞り取り、より希少なアイドル入手のための糧としている。
 先にも述べたが、このゲームの目的は徹頭徹尾「アイドルの入手」であり、その手段もまたアイドルである。
 有象無象のアイドルたちを使い捨て、より希少で美しいアイドルを入手する。
 それがこのゲームにおける唯一の理であり、そのためになされる行為はすべて是とされる。
 だから俺が彼女たちに抱く罪悪感はまったくの筋違いであり、否定すべきものだ。
 否定すべきものの、はずだ。



 入手したアイドルをレベルアップさせ、強化する手段もまた、アイドルである。
 システム的には「レッスン」と称される。
 アイドルを強化するためにレッスンを行う場合、必ず「レッスンパートナー」を指定する必要がある。
 レッスンパートナーとなったアイドルは、いなくなってしまう。
 消滅である。
 システム的にはただ「いなくなります」とだけ冷たく表記されており、そのへんの不条理さを説明するものはなにもない。
 親愛度を上げきってしまったアイドル、ガチャで余分に入手したアイドル、そのほか使い道のないアイドルは総じて誰かの「レッスンパートナー」となり、いずこかへと消えていく。まるでレッスンしたアイドルに贄として捧げられるような演出とともに。

 そのような行為を無数に繰り返し、ひたすら繰り返し、繰り返しつづけるのが、このゲームだ。
 シンデレラが御足を通すガラスの靴は、無数の――まさに星の数ほどの「シンデレラのなりそこね」たちで、できている。



 まるで古の呪術師が行う蟲毒のようにアイドルたちをかけ合わせ、精錬していて、ふと思う。

 レッスンパートナーとなった彼女たちは、いったいどこへ行くのだろう?

 それは他愛もない空想であり、感傷だ。
 仕事帰りの電車の中で、あの言葉にしがたい閉塞感を抱きながら、俺は夢想する。
 彼女たちの存在を制御するフラグの、オン/オフのはざま。
 百万人規模のソーシャルゲームが産み落とす深い闇の底、その虚空の果てに。
 他のアイドルの礎となり消費されていった彼女たちが暮らす、安息の地があるのではないかと。

 いつか俺も誰かに消費され、この世界から消え去ったあとに……その地へたどり着くことができるだろうか。
 頭を下げて彼女たちに赦しを乞い、かつて隔絶されていた世界で生じた信頼と友愛に、まっすぐ応えられるときが来るのだろうか。


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